「こんな夢を見た」から始まる小説

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こんな夢を見た。目を覚ますと、真っ白な天井が見える。多分、病院だろう。事故か病気にでもなったのか。私の体はベッドに寝かせられていて、管がたくさん刺さっている。体は重くて、自分の体じゃないみたいだ。声を出そうとするが、声が出ない。ただ空気が漏れる音だけが聞こえる。私はかなり重傷のようだ。部屋の外から、スリッパを履いた足音が近づいてきた。その瞬間、本能的な恐怖を感じた。私が起きていることを気づかれてはいけない、そう直感して目を閉じた。
「おはよう、今日も来たよ」
ドアの開く音がして柔らかな男性の声が聞こえてきた。足音がベッドの横で止まる。
「相変わらず、可愛い寝顔だね」
頬に、むにゅりと柔らかいものが当てられた。正体は分からないが、何故か鳥肌が立つ。足音が遠ざかると窓が開けられたのか、風が吹いてきた。
「たまには換気しなきゃ。あ、花瓶の水取り替えてくるね」
足音が遠ざかり部屋の外へ出ていったのを聞き、うっすら目を開ける。誰もいない、と息をつく。窓の方を見れば、やはり開けられている。それにしても、あの男性は何者なんだろう。家族にあんな人はいないし、ただの知人への見舞いにしては随分…。パタパタとスリッパの足音が近づいてきた。もう戻ってきたらしい。慌てて、私は目を閉じた。
「花瓶の花もう枯れかけてるから、明日新しいの買ってくるね」
花瓶を置く音がして、ベッド横のイスに彼が腰掛けた気配がした。彼はしばらく自分の近況を話していたが、急に黙り込んだ。どうしたんだろう、話すことがないなら帰ってほしいのだけど。
「…なかなか、起きないね。あの時は、本当に驚いたんだよ。僕の目の前で、自分の首を掻っ切るなんて」
私は自殺未遂を起こしたようだ。私にそんな願望はない、何かしらトラブルでもあったのか。
「死んじゃったらどうしようって…ずっと心配してたんだ。でも、やっと意識が戻ったって聞いて僕、嬉しくて…」
かなり親しい関係らしいが、体と心は無意識に拒否反応を示している。一体これは…。
「意識戻ったのに、起きないのは僕が許せないから?ね、起きてよ。君の気持ちを知りたいな」
するりと彼の手が布団の中に入り、私の手を握った。やめて、と言いたかったが声は出ない。
「君の手は暖かくて、すごく安心するね。いつまでも握っていたいくらい」
一層強く握られると、頭に記憶の断片が入り込んできた。ツギハギの情報をつなぎ合わせると、私が彼を拒否する理由が分かった。彼は同じアパートに住む隣人であり、私のストーカーらしい。最初は世間話をするぐらいの仲だった。しかし友人に嫉妬したり、私の人間関係に口を出すようになった。そしてある日、包丁を持った彼が部屋に上がり込んで心中しようと迫ってきたのだ。抵抗している内に、私は首を包丁で掻っ切ってしまったらしい。
「…んー。唇にキスでもすれば、起きてくれるかな」
ギィ、とベッドに体重がかかり、顔に生温かい息がかかる。やめてくれ!と心の中で叫ぶ。
「…ふふ。まだ、お預けにしようか。焦らなくても、僕たちもう夫婦だもんね。君が眠っている間に外堀を埋めて、婚姻届も出しちゃったから」
これからも、ずっと末永くよろしくね。死刑宣告に近い言葉を吐きながら、彼は私の顔に唇を落とした。

4/9/2026, 9:16:27 AM