こんな夢を見た。大広間にずらりと布団が敷き詰められている。私は教授らしく、実験の準備や指示を出しているらしい。他の研究員は好きな場所の布団に座り、レジュメを読み始めた。今からここで眠り、深く夢の中に潜り込む実験をするからだ。集合的無意識に到達するとどうなるのか、それを実験する。だが、普通に眠るだけでは表層の夢だけだ。そこで、催眠を掛けた状態で眠ってもらう。
『お前は誰よりも、ずっと深く潜ることが出来るダイバーだ。たとえ、それが夢の中でも』
何人かに催眠を掛け、眠らせると私と研究員たちは測定を始めた。順調に夢の中へ潜っていくのが、数値を通して見える。急に機械の緊急アラームが鳴り出した。驚き、数値を見ると数字ではなく四角形を表示している。寝ていた一人がうなされ奇声を上げると、体がグズグズと溶け出した。
「何だ、これは!」
私の声を皮切りに、研究員たちの悲鳴が大広間に木霊した。他の寝ていた彼らも、次々に溶け崩れていく。まるで、炎天下に放置したストロベリーアイスのようだ。
「教授!この実験は中止にしましょう!危険すぎます!」
研究員の一人がヒステリックに、私に訴えかけた。確かに危険だ。しかし、夢に深く潜る実験自体は成功しているのではないか。みすみす、中止にしてしまっていいのか。いや、これはチャンスだ。私と怯える研究員で協議した結果、私と四人は夢の中に潜りその他は待機することになった。とはいえ、そのままだと私たちもアイスのように溶けてしまうだろう。命綱をしていて合図をすればすぐに目が覚める、を催眠の文言に追加した。催眠をかけてもらうと、私たちはすぐに気を失った。目を開けると、薄暗い空間を他のメンバーがゆっくりと降りていくのが見えた。これが、いつも見ている夢よりも深い場所か。しばらくすると、ぼんやりと明るく開けた空間に出た。下には、薄ピンクの海が広がっている。よく見れば、ゴボゴボと泡立っていた。もっと近づくと、海面には目玉や歯などの骨、毛髪が浮かんでいる。気づいて吐き気を催したが、研究のためだと言い聞かせもう少し近づいた。
「そうか、我々はあの場所から生まれたんだ」
「我々は、元々一つの生き物だった」
「あの海の中に還らなきゃ」
先ほどまで沈黙を守っていた研究員たちが訳の分からないことを呟きながら、海の中へ急降下していく。止める暇もなく、垂れ下がった命綱を残して彼らは海の中へ沈んでいった。
「なんてことだ」
これは、私一人の手で負えるものではない。今すぐ目を覚まして、上に報告しなくては。合図を送ろうとすると、足首を何かが掴んだ。
「教授、海に還らないんですか?」
顔をゆっくり下に向けると、海の中から体と顔が半分溶け崩れた研究員らしき何かが身を乗り出していた。
「ここは苦しみも痛みもないし、何より皆が自分を肯定してくれるのに。還らないんですか?」
私は必死で足首に絡みつくそれの手を蹴りつける。ふざけるな、私はそんな姿になってまで安寧を欲していない。強く蹴ると痛がるような素振りを見せ、手を離した。命綱を引っ張り、合図を出すと急激に引き戻される感覚がして目が覚めた。
「教授!他の人が…」
ちらりと見れば、やはり溶け崩れた肉塊に変わっている。精神が海に落ちると、肉体にまで影響が出るようだ。これ以上は危険だ、上に報告して…。突然、後ろで悲鳴が上がった。
「教授…!助けてくださ…」
振り向くと、肉塊から滲み出たあの海と同じ薄ピンクの液体が研究員の一人を呑み込むところだった。手を伸ばすも遅く、完全に呑み込まれるとくぐもった断末魔が聞こえた。周りからも悲鳴や命乞い、断末魔が大広間に響く。そして、私にもそれは這い寄ってきた。
「やめろ、来るな!」
(教授…教授のおかげです。貴方が誰よりも、ずっと研究熱心だったから帰ってこれました…)
頭の中に肉塊になったはずの研究員の声が響く。
(帰れなくなった僕たちのために、クモの糸を垂らしてもらえるなんて…)
クモの糸?もしかして、こいつらは海に落ちた彼らの命綱を登って…。
(教授…皆、ここにいますよ…怖がらないでください)
(死を恐れないでください…)
「来るな来るな!化け物どもめ!」
私が声を張り上げてもじわじわと寄ってくるそれのせいで少しずつ逃げ場がなくなっていく。
(教授も皆と一つになって幸せになりましょう)
恍惚とした声とともに、私の目の前は薄ピンク一色に染められた。
4/10/2026, 9:20:09 AM