こんな夢を見た。昼食をとり、ソファでテレビを眺めながら微睡んでいるとチャイムが鳴った。ドアを開けると、ステレオタイプの天使の姿をした子どもがいた。
「はじめまして!天使です!あなたは神様を信じますか!?」
親の代わりに子どもが宗教の勧誘か、世も末だな。
「うち、無宗教なんで帰ってください」
私がそう言い捨てドアを閉めようとすると、ガシッと天使が扉をつかみ無理やりこじ開けようとしてきた。
「待ってください!無宗教なら尚更ぼくの話を聞いてください!話を聞けばきっと興味がわきますよ!」
子どもの見た目に反して力が強い。ミシミシと悲鳴を上げ始めたドアに恐怖を覚え、話だけ聞くことにした。
「分かった、話だけ聞くよ。聞くからドアから手を離して」
「本当ですか!?よかった~!じゃあ、これパンフレットです。説明するので読みながら聞いてくださいね!」
コホンと子どもは咳払いをすると説明を始めた。
「単刀直入に言いますと、今の人間たちは等しく全員地獄へと堕ちます」
あ、これよくある宗教の勧誘だ。
「欲望にまみれているから、天国へといけないのです」
そういう宗教、どっかで聞いたことあるぞ。
「あと一週間で最も善良な人間の魂を持ってこないと、神様があなた達の世界を地獄へと変えるとお怒りなのです」
おや、何か急ハンドル切ってきたな。
「神様の一日はこちらの世界でちょうど百年。百年以内に魂を持ってこないとぼくたちは仕事が無くなるんですよ」
百年か、まだまだ余裕がある。でも入信させるにしては話が過激すぎるな。
「でももう仕事の心配をしなくていいんです!」
「どうして?」
「実は今日ぼくが来たのは、あなたが最も善良な魂に近いことが分かったからなんです!」
「は?」
怪しすぎる。突然そんな事言われて「やったー」となる奴はいないだろう。
「最も善良な魂に近いと言っても、やはりまだまだです。そこでぼくたちがあなたの魂の浄化のためにご用意した施設へ入居して欲しいのです。パンフレットに申し込み書があるので今書いてもらえませんか!」
子どもは興奮しているのか早口で申し込みを迫ってきた。
「最も善良な魂に近いってね…私、君に帰れって門前払いしようとしてたじゃない」
「でも、今ぼくの話を聞いてくれているじゃないですか!」
ドアを壊されそうだったからとは言えない。アパートの一室を借りている身として、大家には頭が上がらない。壊されてとんでもない額を請求されると思うと、身震いが止まらないのだ。
「さあ早く!申し込み書に名前を書くだけで良いんです!」
断りたい。でも、この子は私の手をつかんで無理矢理にでも名前を書かせるかもしれない。
「あれー?どうしたの?」
呑気な声とともに誰かが近づいてくる。白Tと黒のハーフパンツを履いた小柄な女性が私と天使の横に立った。コンビニ帰りなのか、ビニール袋を持っている。
「あ!こんにちは!」
子どもが元気よく女性に挨拶する。彼女はニコニコと会釈し挨拶を返す。
「それ何?」
彼女は私からパンフレットを取ると、熟読し始めた。それから眉を寄せた。
「あー…これかあ。やめておいた方が良いよ」
「え?」
「これね、質素な生活しなきゃいけないの。美味しいものも食べれないし、楽しいことも全部出来ないの」
「それはそうですよ!善良な魂のために、欲望を消さないといけないんですから!」
「だってさ。ね、出来る?」
「出来ますよ!だってあなたは善良な魂であり、世界を救えるのはあなただけなんですから!」
少し考え込む。天使の言っていることが本当なら例え自分が苦しむことになってもやるべきなのでは。でも、楽しみのない余生を送ることが正しいのか。葛藤していると、彼女が口を開いた。
「そうだね…例えば、自分の好きな食べ物は絶対に食べられないのは?」
「嫌かも…」
「じゃあ、ご飯の後に微睡むの禁止は?」
「嫌」
「今晩タコパするからあなたを誘うつもりだったんだけど、施設行ったら食べられないけどいい?」
「それは嫌!」
彼女は満足そうに微笑み、天使の方に向き直った。
「嫌だってさ。だから、諦めてくれない?」
「…仕方ありません。今回は引きましょう。でもそちらの方の魂は諦めませんから」
「お前は何を言っているんだ。我が主の下僕の姿を借りておきながら、我が主を侮辱する不届き者めが。二度と現れるな、この悪魔め」
彼女は早口でそう言うと、指パッチンをした。すると天使の姿は消え、これまたステレオタイプの悪魔が現れた。悪魔は私には理解できない言葉を叫びながら消えていった。
「それじゃ夕方に買い出し行くから、ちゃんと起きててね」
「ねえ、あの天使もどきが言ってたことは」
「どれのこと?」
「善良な魂を持ってこないと地獄に…」
「ああ。あれね、あたしのような奴を赦した慈悲深い我が主がそんな事するわけ無いよ」
ニッコリと微笑む彼女は天使のように美しかった。
こんな夢を見た。私は旅人で街々を巡り、自分の旅での見聞を広めている。今日も一日歩き回って暗くなってきたので、街を探すと幸いにも近くに街があったのでそこへ向かった。街の入口には門番が立っていて、鋭い目でこちらを見てきた。だが私の胸元を見ると、目を丸くした。
「失礼しました、旅人様でしたか。中へどうぞ」
急に態度が変わり、すぐに街へ入れてくれた。胸元には琥珀のような色の宝石がはめられたブローチしかない。ただのアクセサリーにしか見えないが、これだろうか。まあいい、中で食料の調達と今晩の宿を探そう。食料と水を買い出し、市場を後にしようとすると誰かが背後から話しかけてきた。振り向くと、おどおどとした女性がキレイな布に包まれた何かを差し出してきた。
「えっと、何か…」
「あ、あの、あなた旅人様ですよね?」
「え?どうして分かるんですか?」
「へ?そのブローチ、『通行証』ですよね。旅人様の証の石がついてますし」
彼女は怪訝そうに私を見た。このブローチ、通行証だったのか。通りで門番がすぐに中に入れてくれたわけだ。
「それで何か用ですか?」
「あ、あの旅人様、…何も聞かずにこれを受け取ってください!」
彼女はキレイな布に包まれた何かを私に押し付け、走り去っていった。呆然と彼女が走り去っていくのを眺めていたが、すぐに布に包まれた何かに興味が移った。それは私の両手を広げたくらいの大きさでずっしりと重かった。そこまで大きくないのにこんなに重いなんて何が入っているんだろう。ジッとキレイな布を観察する。他の街では見たことのない布だ。ベルベットのような触り心地の良い布に何やら細かい刺繍がしてある。刺繍は幾何学的な模様にも植物や花、もしくは鳥にも見える。素人目から見てもかなり高価なものだ。彼女が私にこれを預けた理由は分からないが、こんな良いものに包まれている物はさぞかし素晴らしいものに違いない。周囲を見回すが、私の行動に注目している者はいない。皆、今晩の夕食の買い出しやら何やらで忙しいのだ。誰も見ていないなら、少し開けて中を見ても良いだろう。私は中を見るために布をめくろうとした。
「遠くの街へ」
突然しわがれた声が聞こえて、思わず布ごと取り落としそうになった。気のせいかと思いもう一度布をめくろうとすると、
「遠くの街へ」
今度はしっかりと布の中から聞こえた。気のせいじゃない。中身を見るな、と牽制しているみたいだ。つまり、旅人として役目を果たせ、と。そういうことか。私は頷くと布をしっかりと巻き直し、今晩の宿を探し始めた。
こんな夢を見た。真っ暗な部屋で私はブラウン管テレビに家庭用ゲーム機を繋いでゲームをしている。それが自分のやることだと疑うことなく一心不乱に。ゲームの中の操作キャラも真っ暗な世界で光から逃げるようにパズルを解きながら走り回っている。光から逃げながらパズルを解くのがこのゲームの目的らしい。だが少しずつパズルの難易度が上がっていき、詰まることが増えた。苦戦している間にも光は操作キャラへ手を伸ばしてくる。そうして、ついに光が操作キャラを包み込むと同時に私の目の前も光に包まれた。と思うと、部屋の中が明るくなった。明るくなったおかげで散らかった部屋の中がよく見える。急な明るさに目を細めながら部屋を見回すと、誰かが窓の前に立って外を眺めている。この人がカーテンを開けたようだ。
「おはよう、前より上達したんじゃない?でも、もう起きる時間だよ」
テレビ画面を指差され、そちらに視線を向けるとゲームの中のキャラはスーツを着て会社へ向かっていた。そうか、もう起きなきゃいけないのか。
こんな夢を見た。私の身体ぴったりの箱に私が入っている。通りで身体が凝るはずだ。体勢を変えようともぞもぞしていると、箱の外側から女性の合成音声のアナウンスが聞こえた。
「君は今、箱の中に閉じ込められている。その箱から出なくてはいけない。タイムリミットは五分。過ぎると、外から箱を開けられ君は箱の中の毒が入った噴霧器が作動し死ぬ」
開けられると死ぬ?どうやって出ろというのか。
「だがこれでは理不尽。この問いに答えられたら、噴霧器を解除して箱から出してやる。失敗したらそのまま噴霧器を作動されて毒で君は死ぬ。では問題。『この箱の中にいる君は外から見た時生きているのか、死んでいるのか答えよ』」
これはシュレーディンガーの猫だろう。思考実験の一つで答えは…。答えを口に出そうとして、何かが引っかかって口を噤む。いや、前提が違う。この問題は箱の外側に私がいないと成立しない。でも私は一人しかいないし箱の中にいる、つまり問題として成立していない。端から私を箱から出すつもりなんかないのだ。
「あと三分」
問題の矛盾を指摘したらどうなるんだろう。試しに質問してみるか。
「あの、私は箱の中にいるので、私が箱の外から見た時私の生死はどうなっているかだと答えられないのですが」
「『答えられない』、それが君の答えか?」
無機質な合成音声が響く。
「いえ、違います」
合っているような気もするが、間違えると即死なので否定する。どうやら会話しているのはロボットか何からしく融通が効かない。困っていると、
合成音声が残り時間を通告してくる。急かされているようで考えがまとまらない。時間切れも不正解も似たようなものだ。私は半ばヤケになって今思いついた答えを叫ぶ。
「答えは生きている!私と同じ大きさの箱に生きている自覚がある私が入っており、その箱もまた私だからだ!」
残り時間を通告していた合成音声が急に途切れた。不正解だったかと身体を強張らせるがいつまで経っても苦しくなる気配はない。正解だったのかも、とホッと息をついた。箱を外してもらうために待っていると、ふと身体に違和感を覚えた。先ほどまで自由が効かなかった身体が動くようになっているのだ。ガコンガコンと箱を左右に揺らしながら器用に移動する。まるで元から自分の身体だったかのように。どうやら、あの答えで私と箱は一体化してしまったようだ。これなら毒で死んだ方がマシだったかもしれない。私は箱の中でため息をついた。
こんな夢を見た。起床したら、妙に体と気分が重たい。重い体を引きずりながらカーテンを開けると、物憂げな灰色の空と丘の下の町が見えた。空がこんな調子なら、町の皆も寝込んでいて店は開いてないだろう。今日の買い出しは諦めて一日寝ていよう。今日の予定を決め、洗面所へと向かう。顔を洗い鏡を見ると、自分の顔は空と同じ灰色だった。酷い顔色だ。換気をすればましになるかもしれない。窓を開けても気分と顔色は優れなかった。困って棚から金平糖入りの大きな瓶を取り出し、一つ口に放り入れる。少し気分が良くなった気がする。金平糖の甘さを味わっていると、何だか急に表が騒がしくなってきた。見ると、灰色の顔色の人々が私の家の前に列を成している。丘の下の町の人たちだ。
「どうしました?」
「風の噂で聴いたんだが、あんた『あれ』を持っているんだろ?少しでいいから分けてくれないか?気分が悪くて商売どころじゃないんだ。買い物来てくれたらサービスするからさ」
風の噂?もしかして換気した時に出ていった風が言いふらしたのだろうか。そんなこと今はどうでもいい。私は町の人たちに一粒ずつ金平糖を渡すことにした。幸い、大きな瓶にたっぷりと入っていたので、最後尾に並んでいた少年に最後の一粒を渡すことが出来た。しかし、少年は不満そうに言った。
「これじゃ足りないよ」
「足りてるよ、みんな一粒ずつなんだから」
「そうじゃなくて、空の分がないんだよ」
少年は空を指差した。
「そんな事言われても、君の一粒でおしまいだよ」
そう言った途端どこからか突風が吹き、頭上から悲鳴が聞こえた。見上げると街の人たちが空高く舞い上がり、それから少年も悲鳴を上げながら灰色の空へ消えていった。少年が見えなくなる頃には灰色の空は青空になり、誰もいなくなった町だけが残された。