君に会いたくて(オリジナル)
久しぶりに大好きな人に会える用ができた。
会えるのはよろしくない事でもあるのだが、ちょっと嬉しい気持ちで電車に乗った。
最寄り駅から徒歩10分。
ドアベルを鳴らして入室する。
1時間ほど待って、名前を呼ばれた。
「今日はどうしました」
白衣を着た禿頭のお爺さんが、丸椅子をくるりと回して私に向き直った。
「指の皮が剥けて指紋がなくなってきちゃって」
私が指紋の消えた手を差し出すと、彼は顔をしかめ、
「こんなになるまで放っておかない!なんでもっと早く来なかったの」
と叱ってくれた。
これこれ!と、私は嬉しくなる。
これしきのことで医者にかかるのは忙しい先生に悪いと思ってしまう私を、いつもこの一言で安心させてくれる、大好きな皮膚科の先生。
皮膚に疾患がないと会えないし、名医なので薬がとても効く。すぐに治って通えなくなってしまうのだ。
今回、会うのは5年ぶりだったが、元気そうで安心した。
次はいつ会えるだろう。
相手は医者なので、会えない=健康怪我なし、に越したことはないのだけれど。
「ちゃんと聞いてる?!」
「はいっ!聞いてます!」
その後もずっと叱り口調で、症状や痛み痒み具合を心配してくれて、とても良かった。
私は満足して家路についた。
閉ざされた日記(オリジナル)
(もう、これしかない)
俺は目の前の日記帳に手を添えた。
一週間ほど前、交通事故に巻き込まれて頭を打った。大きな怪我はなかったが、記憶喪失になってしまった。
医者は一時的なものだろうと言う。
財布に入っていた免許証の顔写真が一致して名前と住所が判明したので、とりあえず退院し、自宅に帰ってきたのだが。
まだ何も思い出せずにいる。
病院に家族も来なかったし、仕事の同僚や上司が尋ねてくる事もなかったので、自分がどんな人間であったか、手掛かりが何もない。
マンションの部屋は物が少なく、嗜好がわかるような装飾品もなく、とても殺風景だった。
スマホは生体認証登録がなく、パスワードがかかっていて、それも忘れたため、本人なのに開けなかった。
家探ししたが、パスワードらしきメモも見つからず、現状お手上げ状態だった。
ショップに行けばまぁ、何かしら対応できる事もあるだろうけれど。
その家探し中に見つけたのが、この日記帳であった。
市販の日記帳で、物理的に鍵がかかっている。
鍵は見つからなかった。
鍵部分は金具であるが、ベルト部分が裁ち鋏で切れそうだった。
もしかしたらスマホのパスワードなり、記入があるかもしれない。
俺は革の部分をバツンと切った。
(ん?)
何かが頭の隅をよぎった気がしたが、明確な記憶として蘇ってくるものはなかった。
仕方なく、日記帳を開く。
パラパラとめくってみるが、日記帳か疑わしい記述ばかりが見つかった。
日付と地名と手書きの地図と。
パスワードのような数字の羅列もあるが、自分はなんて用心深かったのだろう、何のパスワードか説明が書いていない。
試しにスマホに入力してみるが、開かなかった。
まさか記憶喪失になるとは誰も思わないだろうし、仕方がないか。
俺は日記帳を閉じて伸びをした。
明日スマホのショップに行ってみよう。
そこに、ピンポーンとチャイムが鳴った。
何も考えずに扉を開けて、俺は心底後悔した。
「警察です」
記憶が一気に蘇った。
様々なものを隠してあるロッカーのパスワード!
そして、犯行日時と場所!
(紙に残すとか、俺、馬鹿じゃねぇか!?)
俺は連続殺人犯だった。
木枯らし(オリジナル)
僕は泣きながら歩いていた。
学校で友達と喧嘩した。
彼が僕のシャツに油性ペンで落書きをして嗤ったので怒ったら、そんなに怒る事ないだろと逆ギレされ、絶交された。
彼とは一年生の頃から仲良くしていて、唯一と言って良い友達だった。絶交が悲しかったし、イタズラされたシャツを母に心配されるのも嫌だった。
悲しくて苦しくて、僕は家に帰りたくなくて、泣きながら家までの道をノロノロと歩いていた。
すると突然目の前に、編笠を被ってマントを翻した同い年くらいの背の低い少年が現れた。
何のコスプレだろう。
見たことのない少年だ。
僕は少し驚いて、涙が引っ込んだ。
「君は何で泣いているの?」
その少年は、編笠の下から上目遣いに尋ねてきた。
「これ。イタズラされて。お母さんに悪いことしたなって」
服もそんなに数はないのだ。油性ペンだと洗っても消えないだろう。僕はまた悲しくなって涙が溢れた。
「そうか。うん、まぁ、格好良くできるかな?」
彼はそんなことを言う。
「え?」
「ちょっと貸してくれるかい?」
彼は僕の上着を預かると、どこから取り出したのか油性ペンの蓋をキュポンと開けた。
そして、いたずら書きの上に、さらにペンを走らせた。
「えええっ?!!あっ!ひど…」
ヒドイ、と言って止めようとしたのだが、徐々に落書きが格好良い虎の絵に生まれ変わっていった。
「すごい!」
僕は思わず手を叩く。
彼は描き終えるとニコッと笑い、
「気に入らなかったらお母さんにアップリケでもつけてもらうといい」
と言った。
僕は嬉しくなって、彼の手を取った。
「すごく格好良いよ!ありがとう!」
ブンブンと手を上下に振った。彼は僕の勢いにガクガク振り回されながら、
「お友達くんもきっと反省してるよ」
「え?」
「明日、学校でいつも通り話しかけるといい」
と言ってくれた。
そうかな、そうだと良いな。
僕はほんの少しの勇気をもらって、ニッコリと微笑んだ。
彼からシャツを受け取って、着なおす。
母親に、今日素敵な出会いがあった事を話そう。
気分がウキウキしてきて、そういえば、名前を聞かなかったと思い出す。
どこの学校の、何年生だろう。
「君は」
被った上着から首を出すと、びゅうと木枯らしが吹いた。
「わ!」
落ち葉がびっくりするほどの量舞い上がり、両手で顔を庇っているうちに、少年の姿は消えていた。
夢だったのかと上着を見ると、虎柄が残っている。
神様だったのかもしれない。
僕は両手を口の横に添えて、どこに行ったかもわからない彼に届くよう、大声で叫んだ。
「ありがとーーー!」
心がぽかぽかと温かかった。
美しい(914.6)
美人は3日で飽きるというが、嘘だと思う。
というのも、私の推しは美人(男)なのだが、ファンになって8年経った今でも、新鮮に「わっ!美人!」と驚く事があるからだ。
要因には、顔の角度、光の当て方、表情、目の輝きなど様々あるが、いずれにせよ、美人を再認識して惚れ直す瞬間が多々ある。
誰しも同じ経験はあると思う。
美しいは正義。
そういえば美人と聞いて思い出した事がある。
昔、友人と恋バナをしていた時のこと。
共通の友人を「美人系」と「可愛い系」に分類していたのだが、私の分類になった時、彼女が急に、それまで登場したこともない分類で「面白い系」と言ったのだった。
美人でも可愛くもないって事?!と地味にショックを受けつつ納得もして、何ならちょっと面白かった思い出。
この世界は(オリジナル)
部屋で本を読んでいた。
窓やカーテンを閉め切っていたので、外の音はあまり聞こえないのだが、遠くでドーンという、大きな音がした。
地面が震え、窓ガラスがカタカタと揺れる。
少し気になったが振動は一瞬でおさまったので、気を取り直して本の続きを読んだ。
やがて、救急車や消防車のサイレンの音が聞こえてきた。やはり何かあったらしい。
とはいえ、音が遠かったので、私には関係ないと、また読書に戻る。
しばらくして、またドーンという音がして、照明がチカチカと点滅した。
ヒューヒューという音も近くに聞こえてくる。
私はついに気になって、カーテンを開けて外を見た。
「え?」
マンションの3階から見える外の世界が燃えていた。
ヒューという音とともに爆弾が投下され、ドーンという音とともに地面に衝突し、家々を粉砕。広範囲に火事を引き起こしていた。
人々が逃げ惑っている。
慌ててテレビをつけ、スマホのネットニュースを見たが、両方が同じ事を言っていた。
戦争が始まった、と。
「嘘でしょ…」
元々緊迫した関係にあるとは言われていたが、突然こうなる予測や注意喚起はあっただろうか。
私は唖然として、窓越しに爆撃の雨を見た。
スクリーン越しの戦争映画のようだった。
この世界は、夢?現実?