「あれから何年経ったんだろうね」
「クシュン!」
「あの時は無我夢中で、周りが見えてないくらい没頭してたけど·····それはそれで楽しかったねえ」
「ハ·····、ハ·····、クシュン!!」
「もう俺もお前も歳くっちまって、あんな無茶も出来なくなったけど·····、過ぎ去った日々ってのは眩しく見えるもんなんだろうね·····」
「え·····?杉去った!?朗報じゃん!!·····クシュン!!」
「·····お前さぁ、花粉症になるともうそればっかになるから難儀だよなぁ」
「仕方ねえだろ!!·····俺だって好きで鼻水垂らしたりくしゃみしてるワケじゃねえよ!·····ハ、クシュン!」
「よしよし」
END
「過ぎ去った日々」
綺麗事はもうたくさん。
この世は結局お金がある方がより幸せになれる可能性が高いと、ある程度の人はもう勘づいている。
それが言えないのはそれがあまりに残酷だから。
お金より大事なものも、結局お金が無ければ守れない。お金が無くても成り立つものや、お金の有無に関わらず大切なものはある。
でもそれは、なんとか生活していくだけのお金がかろうじてあるから、最悪な想像をしなくて済んでいるだけだ。
〝金の切れ目が縁の切れ目〟こんな諺があるのも、お金が無くなった途端に変わる色々なものがあるからだ。お金より大事なものは確かにある。
でもお金も大事なものであることは変わらない。
END
「お金より大事なもの」
談話室に行くと先客の姿があった。
「珍しいな」
一人煙草をくゆらせていた男は「そっちこそ」と片手を上げて短く答え、向かいの椅子に乗せていた長い足をそろりと下ろす。
俺はそこに腰を下ろすと咥えた煙草を男に向けて「火ぃ、貰えるか?」と尋ねた。
「·····」
男は少し考えるように天井を見上げると「ん」と答えて咥えていた煙草の先をこちらに向ける。
「――」
俺は一瞬面食らったが意図を理解しそろそろと煙草の先を近付けた。
ジジ·····、と紙が焦げる音が静かな部屋でやけに大きく響く。
間近に男の僅かに伏せた目があって、その意外な睫毛の長さに鼓動が跳ねた。
上手く火を移し終えた男は再び椅子に身を沈め、ゆっくりと煙を吸い込む。
半分ほど開けた窓からは柔らかな月光が降り注いでいる。それがちょうど椅子に座る男の全身を照らし、まるで絵になる場面をわざと切り取っているかのようだ。
「執務室でも吸えただろうに、どういう風の吹き回し?」
現実離れした姿とは裏腹に、間延びした声で男は問う。長い睫毛の先に月光の欠片が乗っている。組んだ足の先では白いエナメル靴がてらてらと艶めかしい輝きを放っていて、それを目にした途端俺は答えに窮してしまった。
「·····ま、たまには気分転換したいよね。俺もそう。ずっと籠ってたから息が詰まっちゃって」
男は独り言のように言うとゆっくりと煙を吐き出した。白い煙が糸のように揺らめいて、窓の向こうへと吸い込まれていく。
中天に差し掛かる月に向かって昇る白い糸。
あれを伝って行けば月に辿り着けるだろうか。
誰もいない月に、二人で。
END
「月夜」
「あの人が間違えてたらどうするの?」
「間違えないよ。アイツが間違ってるなら俺も間違えてるって事だから」
「みんな怖がってるよ」
「みんなって誰? 俺の周りにはアイツと仲良い奴もいっぱいいるよ。怖がるどころか平気で頭はたいてる奴もいる」
「それは仲間だからでしょ」
「アンタが言うことが正しくて、アイツが間違ってていつか罰を受けるとしたら、·····その時は俺も一緒だよ」
彼の言葉に、私は決して立ち入れない壁のようなものを感じた。
END
「絆」
なんだかよく分からない夢を見た。
船に乗っていた気がする。
船に乗って、甲板に出したリクライニングチェアに座って、ぼんやり波を見つめていた。そんな優雅な船旅などこれまで体験したことが無くて、だからこれは夢だと思った。
リクライニングチェアの横にはサイドテーブルがあって、シャンパンまで用意してあった。
まるで貴族か大富豪にでもなった気分で、青い空を見上げながら白い波に揺られている。
どれくらいそうしていたのか。
青い空がいつのまにか灰色に変わり、穏やかだった波が次第に激しくなっていた。
リクライニングチェアで長まっていた体が不安定に揺れ始める。
怖くなって半身を起こし、辺りを見渡した。
「――」
誰もいない。
そこそこ大きな船のはずなのに、なぜか自分以外船員の姿はどこにもなかった。
激しくなる波に合わせて体が何度も上下する。
リクライニングチェアから立ち上がり、揺れる甲板の手すりに掴まる。
「·····」
波はいよいよ激しくなる。力を入れて掴まっていないとひっくり返ってしまいそうだ。
「――」
怖くなって思わず名を呼ぶ。
◆◆◆
そこで、目が覚めた。
「起きた?」
「――」
呆然として見上げる。
黒い瞳が面白そうに自分を見下ろしている。
「君が寝落ちしちゃうなんて珍しいね。そろそろ起きて。会議始まっちゃうよ」
ゆっくり視線を動かすと、肩に手が置かれている。
「いいでしょ、たまには。いっつも君が俺を起こしてくれるからさ。今日は逆だね」
クスリと笑うその顔は、心底楽しそうで。
「·····」
からかわれているのだと、気付いた。
「おわっ、なになに? 君から抱きついてくるなんて珍しいじゃん」
「うるさいよ」
「·····」
「お前が揺するから変な夢見たんだ」
肩に顔を埋めて呟くと、またクスリと小さく笑う。
「ごめん」
「いいよ、別に。でも――」
「でも?」
言うか言うまいか、少し迷った。
「会議室まで連れてって」
「·····いいの? みんなに見られるよ?」
「いいだろ、たまには」
ぶっきらぼうに呟くと、額に口づけが一つ降らされた。
会議室まで、ここから徒歩約三分。
END
「たまには」