せつか

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談話室に行くと先客の姿があった。
「珍しいな」
一人煙草をくゆらせていた男は「そっちこそ」と片手を上げて短く答え、向かいの椅子に乗せていた長い足をそろりと下ろす。
俺はそこに腰を下ろすと咥えた煙草を男に向けて「火ぃ、貰えるか?」と尋ねた。
「·····」
男は少し考えるように天井を見上げると「ん」と答えて咥えていた煙草の先をこちらに向ける。
「――」
俺は一瞬面食らったが意図を理解しそろそろと煙草の先を近付けた。

ジジ·····、と紙が焦げる音が静かな部屋でやけに大きく響く。
間近に男の僅かに伏せた目があって、その意外な睫毛の長さに鼓動が跳ねた。
上手く火を移し終えた男は再び椅子に身を沈め、ゆっくりと煙を吸い込む。
半分ほど開けた窓からは柔らかな月光が降り注いでいる。それがちょうど椅子に座る男の全身を照らし、まるで絵になる場面をわざと切り取っているかのようだ。
「執務室でも吸えただろうに、どういう風の吹き回し?」
現実離れした姿とは裏腹に、間延びした声で男は問う。長い睫毛の先に月光の欠片が乗っている。組んだ足の先では白いエナメル靴がてらてらと艶めかしい輝きを放っていて、それを目にした途端俺は答えに窮してしまった。
「·····ま、たまには気分転換したいよね。俺もそう。ずっと籠ってたから息が詰まっちゃって」
男は独り言のように言うとゆっくりと煙を吐き出した。白い煙が糸のように揺らめいて、窓の向こうへと吸い込まれていく。
中天に差し掛かる月に向かって昇る白い糸。
あれを伝って行けば月に辿り着けるだろうか。

誰もいない月に、二人で。


END


「月夜」

3/7/2026, 3:53:33 PM