せつか

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12/14/2025, 12:19:29 AM

郊外の結婚式場にはチャペルがある。
天気のいい日にはそこでガーデンウェディングが開かれ、通りすがりの人が散歩がてら覗いたりもして、幸せのお裾分けをしている。

今日も鐘の音が鳴り響き、幸せいっぱいの新郎新婦が階段を降りてきて、会場の外にいた通りすがりから「綺麗ねえ」なんて声が上がる。

私は鐘の音を背に家路を急ぐ。
誰も祝福しない、神様から見放された恋。
鐘の音なんかしなくていい。
白いドレスも着なくていい。
綺麗でなんて、いなくていい。

「ただいま」
返事は無い。
鍵を開け、ドアを開ける。

箱の中には、愛しいあなた。



END



「遠い鐘の音」

12/12/2025, 11:03:11 PM

英語の「SNOW」にはスラングで「騙す」という意味があるらしい。
雪が降ると視界が悪くなり、ものが見えづらくなるから、というのが語源の理由らしい。
なるほど、と思った。
外国語のこういう慣用表現とかスラングとか、あまり知らないからそういう辞典とかあったら読んでみたいかも。


END


「スノー」

12/11/2025, 11:54:53 AM

「久しぶり。元気だった?」
キラキラと光が舞い降りて。
夜の甲板はそこだけ舞台のようだった。

現実離れした光景に俺は声を失う。
現れたあの人は困ったように眉を寄せたまま、小さく首を傾げて笑っていた。
「――なんで?」
「なんでって、ご挨拶だね。いっつも寂しいって言いながら会いに来てくれてたから、たまにはこっちから、って·····」
言いながら顔を真っ赤に染めたあの人は、ほんの少し窶れて見えた。

一歩、二歩。
近付いてくるあの人の、少しゆったりした歩み。
コツ、コツ、と硬い靴音が静寂の中響く。
「軽い気持ちで、夜の散歩と洒落込んだだけ、なのに·····」
「軽い気持ちで来れる距離じゃないよ」
手を伸ばし、抱き締める。
やっぱり少し細くなった。
「帰らなきゃ」
「帰さない」
抱き締めた腕に力を込めた。

「俺のせいにしていいよ」
「·····」
「俺を利用していい」
「·····」
囁き声で俺の名を呼ぶ声の、甘さの理由はもう分かっている。

「もう俺のものだ」
――俺があなたのものであるように。


END


「夜空を越えて」

12/10/2025, 2:59:36 PM

可愛いから。
懐いてきたから。

そんな安直な理由で部屋に招き入れた小さな命。
膝に乗せて、お腹を撫でて、ろくに調べもしないで買ってきたキャットフードを与えた。
何日かして、怪我をして外でうずくまっている姿にパニックになった。
どうすることも出来ず、ようやく縋ったところでも助からないかもと言われた。

考え無しで命に手を出した、大きすぎる代償。
何十年経っても消えない罪悪感。

私にはもう、あのぬくもりを求める資格は無い。


END


「ぬくもりの記憶」

12/9/2025, 2:49:41 PM

「冷たいね」
長い指を持ち上げそう呟いた。
答えは無い。
「起きてよ」
指から手首へ。そして肘へ。
ゆっくりと持ち上げたそれを自分の頬へ押し当てる。
「アンタがいない世界でどうやって生きたらいいのさ」
答えは無い。
眠っているかのように動かない彼に覆い被さって、身勝手な想いをぶつける。
「いつもみたいに馬鹿だねぇって言ってよ」
声が返ってくる筈も無く。

最愛の人を失くした世界は、真冬の海より冷たくて残酷だった。


END


「凍える指先」

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