英語の「SNOW」にはスラングで「騙す」という意味があるらしい。
雪が降ると視界が悪くなり、ものが見えづらくなるから、というのが語源の理由らしい。
なるほど、と思った。
外国語のこういう慣用表現とかスラングとか、あまり知らないからそういう辞典とかあったら読んでみたいかも。
END
「スノー」
「久しぶり。元気だった?」
キラキラと光が舞い降りて。
夜の甲板はそこだけ舞台のようだった。
現実離れした光景に俺は声を失う。
現れたあの人は困ったように眉を寄せたまま、小さく首を傾げて笑っていた。
「――なんで?」
「なんでって、ご挨拶だね。いっつも寂しいって言いながら会いに来てくれてたから、たまにはこっちから、って·····」
言いながら顔を真っ赤に染めたあの人は、ほんの少し窶れて見えた。
一歩、二歩。
近付いてくるあの人の、少しゆったりした歩み。
コツ、コツ、と硬い靴音が静寂の中響く。
「軽い気持ちで、夜の散歩と洒落込んだだけ、なのに·····」
「軽い気持ちで来れる距離じゃないよ」
手を伸ばし、抱き締める。
やっぱり少し細くなった。
「帰らなきゃ」
「帰さない」
抱き締めた腕に力を込めた。
「俺のせいにしていいよ」
「·····」
「俺を利用していい」
「·····」
囁き声で俺の名を呼ぶ声の、甘さの理由はもう分かっている。
「もう俺のものだ」
――俺があなたのものであるように。
END
「夜空を越えて」
可愛いから。
懐いてきたから。
そんな安直な理由で部屋に招き入れた小さな命。
膝に乗せて、お腹を撫でて、ろくに調べもしないで買ってきたキャットフードを与えた。
何日かして、怪我をして外でうずくまっている姿にパニックになった。
どうすることも出来ず、ようやく縋ったところでも助からないかもと言われた。
考え無しで命に手を出した、大きすぎる代償。
何十年経っても消えない罪悪感。
私にはもう、あのぬくもりを求める資格は無い。
END
「ぬくもりの記憶」
「冷たいね」
長い指を持ち上げそう呟いた。
答えは無い。
「起きてよ」
指から手首へ。そして肘へ。
ゆっくりと持ち上げたそれを自分の頬へ押し当てる。
「アンタがいない世界でどうやって生きたらいいのさ」
答えは無い。
眠っているかのように動かない彼に覆い被さって、身勝手な想いをぶつける。
「いつもみたいに馬鹿だねぇって言ってよ」
声が返ってくる筈も無く。
最愛の人を失くした世界は、真冬の海より冷たくて残酷だった。
END
「凍える指先」
氷の城に一人きり。
目に映るのは一面の銀世界。
やっと見つけた愛し子は再び奪われた。
あの子さえいれば、私はまだしも人でいられたのに。
たった一人。あの子さえいれば良かったのに。
あの方法しか知らなかった私に、他にどんな手があったというのだろう。
愛し方など誰も教えてくれなかった。
氷の世界に生きる私は、人の愛し方を知らなかった。
私の愛は人の世界とは相容れない。
だからせめて、一人だけでいいから私の愛を受け入れてくれる存在が欲しかった。
でも、もういい。
もう人の世界と折り合おうとは思わない。
私はこの銀色の世界で一人で生きる。
どうしても私の存在が許せないなら、この雪原を越えて来ればいい。
全部全部、凍り付いてしまえ。
END
「雪原の先へ」