「冷たいね」
長い指を持ち上げそう呟いた。
答えは無い。
「起きてよ」
指から手首へ。そして肘へ。
ゆっくりと持ち上げたそれを自分の頬へ押し当てる。
「アンタがいない世界でどうやって生きたらいいのさ」
答えは無い。
眠っているかのように動かない彼に覆い被さって、身勝手な想いをぶつける。
「いつもみたいに馬鹿だねぇって言ってよ」
声が返ってくる筈も無く。
最愛の人を失くした世界は、真冬の海より冷たくて残酷だった。
END
「凍える指先」
氷の城に一人きり。
目に映るのは一面の銀世界。
やっと見つけた愛し子は再び奪われた。
あの子さえいれば、私はまだしも人でいられたのに。
たった一人。あの子さえいれば良かったのに。
あの方法しか知らなかった私に、他にどんな手があったというのだろう。
愛し方など誰も教えてくれなかった。
氷の世界に生きる私は、人の愛し方を知らなかった。
私の愛は人の世界とは相容れない。
だからせめて、一人だけでいいから私の愛を受け入れてくれる存在が欲しかった。
でも、もういい。
もう人の世界と折り合おうとは思わない。
私はこの銀色の世界で一人で生きる。
どうしても私の存在が許せないなら、この雪原を越えて来ればいい。
全部全部、凍り付いてしまえ。
END
「雪原の先へ」
びゅうびゅうと風が扉を叩く音がする。
ガラス窓がガタガタと揺れる。
みぞれ混じりの雪が外の景色を見えなくする。
「荒れてるね」
呟いて、冷めてしまった缶コーヒーを飲み干した。
はぁ、と吐く息は部屋の中にいても白い。
つけたばかりのストーブはまだ部屋も、体も、あたためてはくれなかった。
「明日は積もるかもな」
「そうだね」
明日も気温は低いままだという。
風は収まるそうだから、きっと朝には一面銀世界になっているだろう。
「·····やだやだ」
小さく呟いて窓の向こうを見つめる。
不意に、温もりを感じた。
「こうすりゃ少しは温かいだろ」
「――そうだね」
背中越しに感じるあたたかさは、ぽこりと浮かんだ嫌な記憶を押し戻してくれた。
「熱燗飲みたい」
「分かった」
声と共に離れた温もりが、少し寂しい。
はぁ、と吐く息はまだ白いままだった。
END
「白い吐息」
一日一回、投稿サイトでいいねの数を確かめる。
一日数回、Xで推しのポストを確認する。
一日数回、リア友と他愛ないお喋りをする。
一週間に一回、推しの出てるアニメを摂取する。
一ヶ月に一回、リア友と遊びに行く。
数ヶ月に一回、好きな作家の本を買う。
数ヶ月に一回、もしくは一年に一回、遠出する。
それは非常口の灯りのように、常に私の胸に灯っている。
仕事がキツくてイライラした時。
家族との関係がうまくいかなくて泣きたくなった時。
その灯りがあることに私は安堵する。
くだらない話をして笑ったり、推しの活躍に一喜一憂したり。私にはそれがあると、胸に灯るその灯りを見てホッとする。
非常口、なんて知ったら怒るだろうか。
でも本当に、それだけで安心するんだよ。
END
「消えない灯り」
白い息を吐きながら恋人はいつもより少し早い足取りで歩いていた。
「もうちょっとゆっくり歩いてよ」
後ろから声を掛けるが聞く耳を持たない。
「イルミネーション、始まったよ」
「知らない。寒い。早く温かいコーヒー飲みたい」
にべもない。
点灯式の時間とか調べたのにな。
「クリスマスとかどうでもいい」
まぁ、キリスト教徒じゃないしね。
グレーのマフラーに黒いコートの恋人の、白い息を吐く口付けだけが赤い。
その向こうにはクリスマス仕様のショーウィンドウとイルミネーション。
足早に歩く恋人の、ヒールの音が子気味いい。
「綺麗だね」
「何がァ?」
君が、とは何故か言えなくて、大きく一歩踏み出した僕は恋人と肩を並べた。
END
「きらめく街並み」