あの人は歩き方に少し特徴がある。
足を前に出す時、体全体が上下に揺れるのだ。
その、弾むような歩き方が俺は好きで、わざと遅れて少し後ろから眺めたりすることもあった。
ちょっと前に指摘したら、「そうなのぉ?」と初めて気付いたような反応。目を丸くしたその顔が可愛くて、そして可愛いと思ってしまった自分に驚いて、俺はあの人への恋心を自覚した。
今もあの人は、俺の少し前を弾むようにして歩く。
丈の長いコートがふわふわと上下に揺れる。
袖の辺りはまるで踊るようだ。
ふわふわと揺れる袖と裾が、風を受けて更に大きくはためく。
「――」
無意識だった。
「ん~? なに?」
俺は無意識にあの人の腕を掴んで引き止めていた。
「どうしたのぉ?」
間延びした声で聞いてくる。
「あ、いや·····」
腕を離して口篭る俺に、あの人は困ったように首を傾げて笑う。
〝風にはためく裾を翻したアンタが、羽根を揺らして空へと還る天使に見えたんだ〟
なんて、そんなバカな事が言えるわけない俺は、みっともなく口篭るだけだった。
END
「揺れる羽根」
触ったら怒られる箱があった。
全面に木彫りの装飾が施された綺麗な箱で、私はその繊細な花の模様を見るのが好きだった。
見るだけなら良かったが、触ろうとしようものなら祖母に烈火のごとくに怒られた。
あの時の祖母の顔は、普段の柔和な顔とは違って、まるで鬼みたいだった。
子供の頃は決して中を見ることが出来なかった秘密の箱。それが今、私の目の前にある。
祖母が死んで一年が経った。
もう、いいだろう。
あの箱の木彫りの装飾を触って、蓋を開けて、中に何が入っているのか確かめよう。
「·····」
指でそっと箱をなぞると、繊細な見た目に反してでこぼことした感触が伝わる。
私はごくりと唾を飲んで、蓋を開ける。
そこには――
END
「秘密の箱」
お題を読んで、「何を持っていくか」と続きを考えて、「ドラえもんの四次元ポケットと答えた人は今まで何人いただろう?」と、そこまで考えた。
でも、「みんなの作品」で「お題ではそこまで聞いていない」と言ってる方がいてハッとした。
確かに、もしかしたら「何で行くか?」と続いたかもしれないし、「どんな島がいいか?」と聞きたかったのかもしれない。
固定観念というやつだろうか。面白いなと思った。
でも、「何を持っていくか」という続きが浮かんだということは、それだけその質問を何度も聞いてきた、ということなんだろう。
END
「無人島に行くならば」
『秋風に たなびく雲の 絶え間より もれいづる月の 影のさやけさ』
お題を見て浮かんだのがこの歌だった。
百人一首、第七十九番。左京大夫顕輔の歌。
詠み人は今、ネットで調べて分かったのだけれど、歌自体は割とスラスラと出てきた事に驚いた。
よくよく考えたら平安時代の、自分とは何の関わりも無い人が詠んだ歌が2025年という、千年も時を隔てて生きている私の心に刺さったという、奇跡みたいな事象だと思う。
それは千年の時を超えても変わらない何かがある証なのだろう。
自然の情景と、それに心動かされる人の感性。
不変のものなど何一つ無いと思う瞬間と、変わらない何かが確かにあるのだと思う一瞬。
それは私という一人の人間の中に、矛盾することなく存在する感覚。
秋風という言葉と、そこから連想する冷たさと寂しさと美しさ。寒さに肩を竦めながらそれでも月を見上げたくなるのは、平安の都でも、現代の街でも変わらないのだ。
END
「秋風🍂」
嫌な予感がする、とは言うけれど
好きな予感がする 、とは言わない。
いいことはサプライズでも何でも遭遇したら嬉しいからなんだろうな。
嫌なことには出来れば会いたくないのは、みんな一緒か。
END
「予感」