素足のままで
ひぐらし
すずりにむかいて
こころにうつりゆく よしなしごとを
そこはかとなく かきつくれば
あやしうこそ ものぐるおしけれ
··········。
··········。
あれ? 違った?
END
「素足のままで」
もう一歩だけ、近付いたら·····。
貴方はどんな顔をするのだろう。
部下として絶対に侵してはならない距離を保ってきた私に、貴方はどんな顔を見せてくれるのだろう。
私は貴方の部下として、申し分ない働きをしてみせたでしょう。
貴方の期待に応え、信頼に報い、貴方が何の憂いもなく仕事に向かえるよう、貴方の忠実な部下として振舞ってきました。
もう一歩だけ、近付いてもいいですか。
貴方のその指先に、触れてもいいですか。
私のこの感情は、もはや信仰に近いのです。
もう一歩だけ、貴方のそばへ·····。
END
「もう一歩だけ、」
突然旅行に行きたくなる。
見知らぬ街でぶらぶらするのでも、何度か行ったことのある街を歩くのも、どちらも好きだ。
毎年行くイベントの、駅を降りたいつもの景色に安心する自分がいる。
初めて来た街で、地元では見られない景色を見ると感動する。
私の地元は海が無いから、海が見られる景色があるとテンションが上がる。
そろそろ海を見に行きたくなってきた。
END
「見知らぬ街」
空気全体が震えている。
低く唸るような音が遠くで響いている。
生温かい風を受けて、私の体が大きくしなる。
今年もこの季節がやってきた。
低く垂れこめた雲の合間。
時折金色の閃光が走る。昏い雲を切り裂く金色の輝きは、姿が見えたと思ったらすぐに見えなくなって、まったく違うところに現れる。
私の気紛れな恋人は、耳飾りを吟味しているようだ。
あの音が近付くたび、私の胸は高鳴って、もっともっととその音を乞う。
もっと激しく鳴いてくれ。
もっと大きく震わせてくれ。
そうすれば、それに応えて私も手足を大きく伸ばすことが出来るから。
あぁ、ようやく会える私の恋人。
END
「遠雷」
昏い色をしている。
二年ぶりの再会は胸踊るようなものでも、切なさが込み上げるようなものでもなかった。
真夜中の闇を思わせる昏い青。
記憶の中にある彼は、そんな色の服を纏ってはいなかった。
彼が一歩、近付いてくる。
「久しぶり」と言うべきか。「会いたかったよ」と両腕を広げるべきか。「元気そうじゃねえか」と笑ってやるべきか。
結局そのどれも出来なくて、触れられそうなほど近くにある彼の目を、じっと見つめる。
夜だというのにサングラスをかけている彼の、表情は読めない。
「服の趣味、変わったんだねぇ」
ようやく出てきた言葉は余りに間が抜けていて、プッと小さく彼が噴き出す。
「アンタは相変わらずキマってんね」
二年の月日は、色々なものを変えたけれど。
「そうだろぉ?」
互いの唇に浮いた笑みが、変わらないものも確かにあるのだと伝えていた。
END
「Midnight Blue」