せつか

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8/13/2025, 4:26:04 PM

心の底から

怒り狂っている
喜び浮かれている
悲しみ打ちひしがれている
恐怖に戦き怯えている
夢中になって満たされている
理解出来ずに混乱している

そんな時、その深度が深いほど、適切な言葉は浮かばない気がする。
しかも感情というのは一つだけでは無い時の方が多くて、好きなのに怖いとか、怒りと悲しみが同時に沸き起こるとか、そんなものはザラにあるわけで。
マーブル模様のようなソレを、簡単に言語化出来るなら苦労はしない。

END


「言葉にならないもの」

8/12/2025, 3:48:27 PM

派手なサングラスも、日焼けした肌も、チャラついた金のネックレスも、はしゃいで走り回った砂浜も、みんなみんなつかの間の夢。

飛行機に乗って空港から飛び立てば、現実が否応なしに追い立てる。
夢はおしまい。
さあ戦え。
立ち止まることは許されない。

ひっくり返ったサーフボード。弾けたように笑う声。
ホテルの部屋を吹き抜ける風。
トロピカルドリンクと抱えた本の束。
脳裏に確かに刻まれた、無くしたくないもの。

つかの間の夢を抱えて戦場に立つ。

END



「真夏の記憶」

8/11/2025, 5:21:33 PM

「あー!」
アスファルトにぽとりと落ちた、薄いピンク。
灼熱に触れた塊はみるみる溶けて、どろりとした汚い液体になっていく。
「もったいねー。250円くらい損したな」
ケラケラ笑いながらコーンを齧っていると、ジトリとした目に睨まれた。
「徳を積んだんだよ徳を!」
そう言ってほんの少しだけ残ったストロベリー味のアイスクリームを、アイツはほとんどヤケクソみたいに流し込む。
「蟻に施してやったんだよ!この猛暑のなか必死で生きてる蟻に特別手当!」
言葉のとおり、灰色とピンクが混ざったアスファルトには蟻が集り始めている。
「そのうち宝くじ当たるからなー! 楽しみだ!」
――なに言ってんだか。
道の少し先に自販機を見つけた俺は、アイツを置いて走り出す。

「だったら俺は石油王になれるな」
追いついたアイツの頬に冷えたペットボトルを押し付けてやると、アイツは一瞬目を見開いて、ニヤリと笑った。

END


「こぼれたアイスクリーム」

8/11/2025, 3:54:36 AM

子供を必死で守る親。
友の無実を信じる男。
夫を影で支える妻。

どれも彼には縁の無いものだった。
親はお荷物にしかならない実の子を虐待し、友は彼が自分の為にならないと分かったら背を向けた。
夫に隠れて他の男と寝る妻が、母の姿だった。

彼の周りにはそういう人間しかいなかった。
そんな彼が長じて人を心から信じられない人間になってしまっても、無理の無いことだった。
やさしさなんて、生きる為に上辺だけ取り繕う為の手段に過ぎない。そうしているのが楽だから、以外に理由が無い。
彼がそういう思考になるのは、ある意味ごく自然な事だった。

「·····」
瓦礫になった街を見つめる。
胸が苦しい。喉が詰まる。
娘を守る為に駆け付けた父の背。
未来に夢を抱いた男が築いた街。
正しさを信じてついてきた兵士。
そんな人間達が次々に傷つき、破壊されていく。
縁の無い筈の世界が、いつの間にかかけがえのないものになっていた。
この苦しさは、どこから来るのか。
やさしさなんて、自分の中には微塵も無いと、そう思っていたのに――。

いっそ全ての感情を捨ててしまえたら。

そんな事を、彼は思った。


END


「やさしさなんて」

8/9/2025, 11:39:15 PM

昔は八月でも早朝とか夕方は涼しかったのにねえ。

パタパタとうちわを扇ぎながら、おばあちゃんは言った。まだ腰の曲がっていないおばあちゃんの背後がゆらゆらと揺れている。陽炎だ。
八月某日、午後四時。
まだ気温は30℃以上あるだろう。おばあちゃんの言う昔は涼しかった、が信じられない。
私はおばあちゃんのゆったりした歩き方に合わせて時折足を止める。その度に汗を拭ってペットボトルのお茶を飲んだ。

こうして歩いてるとヒグラシの声が聞こえたりしたんだけど。

おばあちゃんの話がまるで違う世界の話のように聞こえる。セミの声なんて、私はもう何年も聞いてない。

「おばあちゃん、早く帰ろう。日陰も無いし、熱中症になっちゃうよ」
追いついたおばあちゃんの手を取って、ゆっくり歩く。おばあちゃんはハイハイ、と答えて私にうちわの風を向ける。生温い風だ。

昔はこれで充分だったのにねえ。
ネッククーラーをしたおばあちゃんは懐かしそうに言う。

生温い風を感じながら、私は遠い遠い昔を想像してみる。

ヒグラシの声が聞こえたり気がした。

END



「風を感じて」

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