昔は八月でも早朝とか夕方は涼しかったのにねえ。
パタパタとうちわを扇ぎながら、おばあちゃんは言った。まだ腰の曲がっていないおばあちゃんの背後がゆらゆらと揺れている。陽炎だ。
八月某日、午後四時。
まだ気温は30℃以上あるだろう。おばあちゃんの言う昔は涼しかった、が信じられない。
私はおばあちゃんのゆったりした歩き方に合わせて時折足を止める。その度に汗を拭ってペットボトルのお茶を飲んだ。
こうして歩いてるとヒグラシの声が聞こえたりしたんだけど。
おばあちゃんの話がまるで違う世界の話のように聞こえる。セミの声なんて、私はもう何年も聞いてない。
「おばあちゃん、早く帰ろう。日陰も無いし、熱中症になっちゃうよ」
追いついたおばあちゃんの手を取って、ゆっくり歩く。おばあちゃんはハイハイ、と答えて私にうちわの風を向ける。生温い風だ。
昔はこれで充分だったのにねえ。
ネッククーラーをしたおばあちゃんは懐かしそうに言う。
生温い風を感じながら、私は遠い遠い昔を想像してみる。
ヒグラシの声が聞こえたり気がした。
END
「風を感じて」
8/9/2025, 11:39:15 PM