せつか

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子供を必死で守る親。
友の無実を信じる男。
夫を影で支える妻。

どれも彼には縁の無いものだった。
親はお荷物にしかならない実の子を虐待し、友は彼が自分の為にならないと分かったら背を向けた。
夫に隠れて他の男と寝る妻が、母の姿だった。

彼の周りにはそういう人間しかいなかった。
そんな彼が長じて人を心から信じられない人間になってしまっても、無理の無いことだった。
やさしさなんて、生きる為に上辺だけ取り繕う為の手段に過ぎない。そうしているのが楽だから、以外に理由が無い。
彼がそういう思考になるのは、ある意味ごく自然な事だった。

「·····」
瓦礫になった街を見つめる。
胸が苦しい。喉が詰まる。
娘を守る為に駆け付けた父の背。
未来に夢を抱いた男が築いた街。
正しさを信じてついてきた兵士。
そんな人間達が次々に傷つき、破壊されていく。
縁の無い筈の世界が、いつの間にかかけがえのないものになっていた。
この苦しさは、どこから来るのか。
やさしさなんて、自分の中には微塵も無いと、そう思っていたのに――。

いっそ全ての感情を捨ててしまえたら。

そんな事を、彼は思った。


END


「やさしさなんて」

8/11/2025, 3:54:36 AM