せつか

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4/5/2025, 4:27:36 PM

押し付けではないか。
どれくらいの深さか。
替えのきかないものか。
自分をどれだけ犠牲に出来るか。

簡単に言えてしまう言葉だからこそ、その言葉の重みは人によって全く違う。
「好きだよ!」なのか「好きだよ·····」なのか。
軽くてもいい場面と、軽々しく言ってはいけない場面。人の感情を表す言葉だからこそ、使い方が難しい。

「そんな難しいこと考えてんだ」
「難しいよ。言葉は全て、難しい」
「私はね、そんな難しいことを真剣に考えているあなたが好きだよ」
「――」


END


「好きだよ」

4/5/2025, 12:16:48 AM

「桜は好きだけどお花見は嫌い」
彼女はそう言って胡座をかいたままビールを飲んだ。

「なんで」
「だって誰も桜見てないじゃん。レジャーシートでご飯と酒とお菓子広げて、そこにいる人のご機嫌伺いしてるだけでしょ」
「辛辣。でも今は、レジャーシートじゃなくてテントらしいよ」
「知らないよそんなの」
全開の窓から少し冷たい風が入ってくるが、彼女は気にする素振りも無い。Tシャツにショートパンツ、リラックスしきった姿でビールを飲む表情は、楽しげとは言えない。
「桜は綺麗だけどちょっと視線を落とせばゴミ箱のゴミが溢れ返ってるし、ペットボトルはそこらじゅうに捨てられてるし、酔っ払いが大声でがなってるし、あんまりいい印象無い」
俺と出会う前の彼女は仕事をバリバリする〝デキる女〟だったそうだ。でも、その頃の話を聞くと決まって不機嫌になる。「昔の話はしたくない」とも言っていた。花見に対して辛辣なのも、どうやらその時の記憶が原因らしい。

「だから桜は映像で見るからいいの」
モニターにはドローンで撮影した夜桜が幻想的に浮かび上がっている。
山の中に佇む古寺。
そこに一本だけある桜の大木。
険しかった彼女の表情がふわりと和らいで、瞳が揺らめいている。
俺はそんな彼女に背を向けてベランダに出るとタバコに火をつけた。

空には大きな月。
風がカーテンを揺らす。
ベランダに出はしたが、タバコの煙が部屋に入ってしまうかもしれない。
「悪ぃ、タバコ·····」
振り返ると、彼女は胡座をかいた姿勢から膝を抱える姿勢になっていた。
言いかけた言葉を飲み込んで、俺はベランダの手すりに肘を乗せる。

静かな部屋に、ずず、と鼻をすする音がした。


END



「桜」

4/3/2025, 4:22:47 PM

夕日を背に、シルエットになった男が囁いた。
「まさか君と私が生き残るとはね」
迎える男は一瞬青い目を見開いて、やがて皮肉げに唇を釣り上げる。
「言葉は正しく使いなさい。まさか、なんて心にも無いことを。いずれ私達は再び相見える。そう確信していたんじゃないですか?」
その、らしくない笑い方に男は何故か傷付いたような顔をして、静かに「そうだね」と答えた。

二人の間を乾いた風が吹き抜ける。
瓦礫と化した城の大広間。
誰もいない玉座の前で、男は剣を構える。
夕日を背に近付く男は、相対する男の金髪を眩しそうに見つめて剣を持つ手に力を込める。

「何もかも無くなってしまったのに、どうして私達はこうして向かいあっているんだろうね」
「何故でしょうね」
その声の屈託の無さに男は酷く安堵して、ニコリと笑う。
「君と私、だからかな」
「そういう事にしておきましょうか」
座る者のいない玉座をそれでも守ろうとする男。
何もかも無くなった世界にとどめを刺そうとする男。
互いに肩を並べた記憶はもう遥か遠い。
「――あぁ、なるほど。彼の剣を〝継いだ〟のですね。それとも〝奪った〟のでしょうか。どちらにしろ貴方らしい」
「褒め言葉としてとっておくよ。君を止めるのは私しかいない。そうだろう?」
本気なのか冗談なのか、声音から男の真意を汲み取ることは出来ない。分かるのは互いがこの状況を楽しんでいる。それだけだ。

「正しいか正しくないかは、正直もうどうでもいいんだ。ただ君と、戦いたい」
「珍しく気が合いますね。私も今、同じ気持ちです」

乾いた風が吹く。
肩を並べたあの時も。
背を向け歩き出したあの時も。
本当は、正しさなんて、どうでも良かったのかもしれない。

空を舞う大きな鳥が、一際高く鳴く。
それが合図だった。


END


「君と」

4/2/2025, 4:47:14 PM

爆音と爆風を巻き起こしながら、巨大な金属の塊が空に向かっていく。
発射場の周囲を囲むフェンスに取り付いた子供達が、歓声を上げる。
空気を切り裂いてぐんぐん昇っていくと、ロケットはやがて見えなくなる。

「かっこいー!」
「宇宙まで行ったかなぁ?」
「まだ早いよ!」
子供達は興奮冷めやらぬ様子で語り合いながら走っていく。あと数分もすれば彼等は空に向かっていったロケットの事など忘れて、サッカーボールを追いかけるのだろう。

そして。

大気圏を脱したロケットは少しずつその身を削ぎ落とし、目的を達成する為に再び大気圏に突入する。

◆◆◆

『今日未明、〇〇国から発射された大陸間弾道ミサイルが××国の南部に着弾し、首都を含む半径〇〇km圏内が壊滅状態に陥っているとの情報が入ってきました』

「ミサイルだって」
「怖いね」
「なんで戦争なんかするんだろう」
「あ、そうだ!お父さん、今日ロケットが飛んでくの見たよ。すっげーかっこよかった!!」


END


「空に向かって」

4/1/2025, 3:49:33 PM

はじめまして、で良かったよね?

それとも久しぶり、の方が正解?

良く知った顔が初めて見せる顔をして、謎かけのような事を言う。
その言葉に何と答えたのか。
どちらを答えても違和感があって、喉に何かが引っかかっているような不快感が残る。

記憶の中の顔が決してしない表情で、向けられるはずの無い言葉を寄越してくる。
何も守るものが無いと、こうなるのか――。
何もかも手放したものに唯一残った本質が〝ソレ〟なのか――。

寄る辺ない私達が再び邂逅を果たしたのは、街を埋め尽くさんばかりの大雪が降った、ある寒い夜のことだった。


END



「はじめまして」

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