「桜は好きだけどお花見は嫌い」
彼女はそう言って胡座をかいたままビールを飲んだ。
「なんで」
「だって誰も桜見てないじゃん。レジャーシートでご飯と酒とお菓子広げて、そこにいる人のご機嫌伺いしてるだけでしょ」
「辛辣。でも今は、レジャーシートじゃなくてテントらしいよ」
「知らないよそんなの」
全開の窓から少し冷たい風が入ってくるが、彼女は気にする素振りも無い。Tシャツにショートパンツ、リラックスしきった姿でビールを飲む表情は、楽しげとは言えない。
「桜は綺麗だけどちょっと視線を落とせばゴミ箱のゴミが溢れ返ってるし、ペットボトルはそこらじゅうに捨てられてるし、酔っ払いが大声でがなってるし、あんまりいい印象無い」
俺と出会う前の彼女は仕事をバリバリする〝デキる女〟だったそうだ。でも、その頃の話を聞くと決まって不機嫌になる。「昔の話はしたくない」とも言っていた。花見に対して辛辣なのも、どうやらその時の記憶が原因らしい。
「だから桜は映像で見るからいいの」
モニターにはドローンで撮影した夜桜が幻想的に浮かび上がっている。
山の中に佇む古寺。
そこに一本だけある桜の大木。
険しかった彼女の表情がふわりと和らいで、瞳が揺らめいている。
俺はそんな彼女に背を向けてベランダに出るとタバコに火をつけた。
空には大きな月。
風がカーテンを揺らす。
ベランダに出はしたが、タバコの煙が部屋に入ってしまうかもしれない。
「悪ぃ、タバコ·····」
振り返ると、彼女は胡座をかいた姿勢から膝を抱える姿勢になっていた。
言いかけた言葉を飲み込んで、俺はベランダの手すりに肘を乗せる。
静かな部屋に、ずず、と鼻をすする音がした。
END
「桜」
4/5/2025, 12:16:48 AM