パステルカラーのカーテンに、布団カバー。
ロッキングチェアには両手で抱えるほどの大きなくまのぬいぐるみ。テーブルに置かれたガラスの器には、カラフルなキャンディが詰まっている。
「好きだよ。好きだ。大好きだ」
彼はそう言って、ベッドの端に腰掛けた彼女を強く抱き締める。
可愛らしく飾られた彼女は、彼に優しく微笑み返す。
それは一見、ひどく美しい光景に見える。
けれど彼の眼差しは恋人に向けるソレではなく、お気に入りのおもちゃに向けるもので。
物言わぬ彼女はまるで人形のように、彼に笑みを返すだけだった。
「好きだよ。好きだ。大好きなんだ」
それしか言葉を知らないように、彼はそれだけを繰り返し、彼女を飾り、食べ物を与え、愛を囁く。
――夢にまで見た彼女が目の前に。
彼にとってこの部屋は、紛うことなき理想郷だったのだろう。
もし、一言。
「何が欲しい?」
と彼が彼女に聞いたなら。
彼の理想郷はあっけなく反転し夢は終わりを告げるのだろう。
なぜなら彼女は·····
END
「大好き」
過去に戻りたい。
あの言葉を取り消したい。選択をやり直したい。
でもそれは、叶わぬ夢で。
どうしようもない事が後悔として頭の片隅や胸の奥に残っている。
でもそれが、そういう事があったという事実が、次の選択を間違えない為の支えになるのかもしれない。
そして叶わぬ夢がある、という事がそのものが、人であるという事なのかもしれない。
END
「叶わぬ夢」
不意に甘い香りが漂ってきて、男は足を止めた。
そもそも歩いていたここがどこかも、何故歩いていたのかも、男には分からない。
ただ嗅いだ覚えのあるその香りに、男はいつのまにか自分が〝彼の領域〟に迷い込んでしまったのだと気付いた。
「――また貴方か」
「そうだよ」
噎せ返る甘い匂い。
突如として咲き乱れる花々。
「私といても楽しいことなんか無いだろう」
「そんなことないよ。君のもたらしたもの、君が迎えた結末、どれも興味深い」
「あの方の生を貴方の娯楽の為に消費されるのは我慢ならない」
「うん、分かってる。だから君に会いに来た」
「どういう――」
「ヒトの心を持たない私に、教えて欲しいんだ。叶わぬものと分かっていても、とめられなかった心·····というものを」
風が吹く。
花びらが舞う。
甘い香りがかき消される。
気が付けば、そこはいつもの通りで。
いつもの通りに、見慣れぬ花屋がある。
「――」
その小さな灯りに誘われるように、男は歩き出していた。
END
「花の香りと共に」
言葉が通じない。
意図を汲んでくれない。
整えていたのを乱される。
簡単に物を失くす。
汚す、乱す、変える、壊す。
こちらが丁寧に丁寧に、少しでも美しく、少しでも効率的に、少しでも楽に出来るようにと考えておいたものを簡単に壊されると、ふつふつとイライラが湧き上がる。
そしてその相手が全く意に介さない様子で笑いかけてきたりすると、ざわめきが最高潮に達する。
私の心が狭いのだろうか。
私が考え過ぎなのだろうか。
〝繊細さん〟という言葉があるけれど、社会の中で生きていく以上、多かれ少なかれそういう向き合い方は必要なのではないだろうか??
END
「心のざわめき」
願いを叶える奇跡の杯、なんて本当はどうでもよかった。国に繁栄をもたらす至宝、そんなもの、本当は存在しないことなんて分かっていた。
それでも探し続けたのは、旅を続けていれば見つけられると思ったからだ。
奇跡をもたらす何か、ではなく、私達の内側から変わっていく為の何か、を。
探して、探して、探し続けて。
自分の中から何かが変わっていくのを信じて。
帰り着いた果てに何かを見つけられるのを信じて。
幸せは、すくそばにありました。
なんて、まるでおとぎ話のような結末を。
みんなが願った筈なのに、気が付けば誰も彼もが一人きり。廃墟の中に、荒野の中に、冷たい海に、一人きり。
みんなが何かを間違えて、みんなが何かに夢を見て、みんながみんな、いなくなった。
END
「君を探して」