せつか

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不意に甘い香りが漂ってきて、男は足を止めた。
そもそも歩いていたここがどこかも、何故歩いていたのかも、男には分からない。
ただ嗅いだ覚えのあるその香りに、男はいつのまにか自分が〝彼の領域〟に迷い込んでしまったのだと気付いた。

「――また貴方か」
「そうだよ」
噎せ返る甘い匂い。
突如として咲き乱れる花々。
「私といても楽しいことなんか無いだろう」
「そんなことないよ。君のもたらしたもの、君が迎えた結末、どれも興味深い」
「あの方の生を貴方の娯楽の為に消費されるのは我慢ならない」
「うん、分かってる。だから君に会いに来た」
「どういう――」
「ヒトの心を持たない私に、教えて欲しいんだ。叶わぬものと分かっていても、とめられなかった心·····というものを」

風が吹く。
花びらが舞う。
甘い香りがかき消される。

気が付けば、そこはいつもの通りで。
いつもの通りに、見慣れぬ花屋がある。
「――」
その小さな灯りに誘われるように、男は歩き出していた。


END



「花の香りと共に」

3/16/2025, 12:59:21 PM