せつか

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12/13/2024, 3:39:57 PM

「人も植物も一緒だよ」
老人はそう言って、冬枯れの庭を見つめた。

私は椅子に座る彼の傍らに膝をつき、窺うようにして見上げる。皺だらけの口元は笑っているようにも、悔やんでいるようにも見えた。
「水をあげすぎて根腐れしてしまう花もあれば、水辺の近くでなければ育たない花もある」
目の前の庭は何年も手入れがされていない。
草は伸び放題で、かつては色とりどりの花がつけていたであろう木々は草に埋もれ、葉を全て落として貧相な姿を晒していた。

「陽の光、土の養分、虫の駆除。どれも植物一つ一つで対応が違ってくる。間違った育て方をしていては駄目なんだ」
しわがれた声に疲労が滲む。
「私は·····間違えた」
一代で財を成した老人は、多くの子供と愛人に恵まれていた。全盛期にはメディアを賑わせたことも一度や二度では無い。
だが今は·····この広い屋敷にいるのは彼と私だけ。
子供達も、愛人達も、みんないなくなった。

彼が丹精込めた筈の庭は荒れ地に成り果て、広い屋敷も年月のせいで全て色褪せてしまっている。
豪奢な調度品は持ち去られ、不釣り合いな小さな椅子とテーブルだけが残されていた。

「愛情の注ぎ方を間違えた」
子供達のことか、愛人のことか。それとも庭の植物達のことか。言葉だけでは判然としない。
私は彼の膝に乗った手に自分の手を重ねる。
かさついた指。皮膚のたるんだ甲。年月を感じるそれはまるで枯れ枝だ。
「旦那様」
努めて柔らかく呼びかける。
「旦那様には私がいますから。どうかご安心ください」
庭も、彼自身も。最後まで傍にいて見守らなければ。
――彼には私しかいないのだから。

冬枯れの庭を見つめる彼の目は、虚ろで。
かさついた指が私の手に重なる。
「――旦那様?」
ぎゅ、と唐突に強い力で握られた。
「気付いていないと思っていたのか」
しわがれた声。だがその鋭さは往時となんら変わっていない。

――あぁ、私も間違えた。
そう思った。


END


「愛を注いで」

12/12/2024, 3:31:23 PM

目に見えない心というものを、何故か全ての人が信じている。
みんなどうして目に見えない、本当にあるかどうかも分からないものを信じられるんだろう?

心無い言葉、という表現がある。
「お前なんか嫌いだ」
「バーカ」
「うっざ」
「鈍くせえ」
こういう言葉を〝心無い言葉〟と言うけれど、そこにも確かに心はあって、相手を拒絶したい、相手を攻撃したい、という感情もある意味〝心〟なのだろう。
本当に心が無い、というのは相手が何をしようが何とも思わない、相手がどうなろうがどうでもいい、そういう事を言うのだと思う。

攻撃的な感情も、心だ。
感情と心は厳密には違うらしいけれど、目に見えないという共通点もある。
どちらも相手の〝本当のところ〟は分からなくて、「多分こうなんだろう」と思いながら互いに窺うようにして近付いたり離れたりしている。

心と心。
感情と感情。
近付いたり離れたり、ぶつかったり反発しあったり。

あれ? 何かに似てる。

あ、分かった。





磁石だ。


END


「心と心」

12/11/2024, 11:17:15 AM

何でもないフリ。
何でもないフリをしないと生きるのが倍キツくなる。
いちいち気にして、深刻になっていたら周りからドン引きされる。
そうなったら自分も相手も面倒くさくなって、やがて距離をとってしまう。

でも本当は。
苦しかったり腹が立ったり、許せなかったりムカついたり。何でもないワケないんだよ。


END


「何でもないフリ」

12/10/2024, 3:26:05 PM

この言葉の嘘臭さと薄ら寒さ。
自分達とそれ以外を線引きする、ある意味冷たい言葉。
「だったら君も仲間になればいい」
違うだろ。
そうやって徒党を組んで、線引きをして、排除する自分達を正当化する感じが嫌なのだ。
スポーツだとか、音楽だとか、息を合わせなきゃいけないものなら分かる。
けれど社会生活は必ずしも「仲間」である必要は無い。なのに何でもかんでも「仲間」という真実味の無い言葉でくくろうとする。

少なくとも私にとって、そんな言葉は漫画の中だけで充分だ。


END


「仲間」

12/9/2024, 3:25:06 PM

祭りという非日常な時間と空間がある理由が、なんとなく分かった。
着馴れぬ浴衣や、見慣れぬ屋台。普段は静かな神域が飾り布で彩られ、笛や太鼓、鈴の賑やかな音が鳴る。
すれ違う人は皆、どこか浮かれた表情をしている。
そして誰も――他人の事なんか見ていない。

「·····」
だから自然に、どちらからともなく指先が触れ、それを合図に互いに指を絡ませた。
雑踏の中を少し足早に歩く。
繋いだ手から互いの温度が伝わって、一つになったような気がする。
誰も――自分達の事なんか見ていない。

この非日常の時間と空間は、この為にあるのかもしれないと、ふと思う。

薄暗がりの中、互いの存在だけが明確で。
長い参道をこのまま手を繋いで歩き続けていれば、やがて繋がったまま一つの生き物になれるのではないかと、そんなありもしない妄想にかられた。

END


「手を繋いで」

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