せつか

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12/6/2024, 3:17:31 PM

逆さまに落ちていく感覚は、そうそう味わえるものじゃない。
日常でそんな事があったら大事故だ。

だから〝アレ〟は人気なのかもしれない。
安全が保証されていて、なおかつ真っ逆さまに落ちていくスリルを味わえる、〝アレ〟。

カタカタカタカタ·····。
体が斜めになったまま空へと向かう。
鉄骨で出来た骨組や建物や森がだんだん見えなくなって、やがて空しか見えなくなる。
·····ガタン。
広大な敷地の、多分一番高いところでピタリと止まる。さぁ、いよいよ。
一拍呼吸を置いて、地上へ向けて一直線。
声が後ろへ流れていく。
風が顔に当たって痛い。
その勢いのままぐるりと回って、頭が地上に、足が空へ向く。
体が上を向いたり下へ向かったり、右に傾いたと思ったら左に急旋回。何が何だか分からなくなって、変にテンションが高くなる。後ろの席からは壊れた笑い声。

最初にコレを発明した人はどんな人なんだろう?

ジェットコースター。
安全が保証された恐怖は楽しいと、最初に気付いた人は凄いと思った。


END



「逆さま」

12/5/2024, 3:13:32 PM

眠れないほど暑い夜。
ベランダで貴方とアイスクリームを食べながら星を見た。
眠れないほど寒い夜は、くっついて湯たんぽを挟んで温めあった。
眠れないほど不安な夜は、貴方に電話をして気を紛らせて、眠れないほど嬉しい夜は、暗い布団の中に貴方の笑顔を見た気がした。

今はそのどれも感じない。
ただ眠れないほどの寂しさが、夜毎に募っていくばかり。
貴方の写真の前にロックグラスを置いて、眠れない夜をやり過ごす。

私の嫌いな煙草をやめてくれなかった貴方。
私が興味無いアーティストのプレゼンを延々していた貴方。
私を置いて死んでしまった貴方。
私から寂しい以外の感情を奪っていった貴方。

それでもやっぱり、愛してる。


END



「眠れないほど」

12/4/2024, 12:48:12 PM

やりたい事リストを作ると良い、とどこかで読んだ。
手帳などでやりたい事リストが書けるリフィルがあるのも知っている。

やりたい事。
バンジージャンプをしてみたい。
灯台に行きたい。
五稜郭に行きたい。
海外旅行をしたい。
ハタハタ食べたい。
本屋で大人買いをしたい。
etc

やりたい事は沢山ある。
リストも書こうと思えば書ける。
でも、リストを書いてる途中で現実がやって来る。

どうやって休みを取るの?
どこにそんなお金があるの?

襲い来る現実に、リストを書く手が止まってしまう。
そうして夢は夢のまま、現実に飲まれていく。

END



「夢と現実」

12/3/2024, 3:16:36 PM

キャリーを引いてゲートへ向かう。
ピラミッドを逆さにしたような特徴的な建物の、全景が見える位置で振り返る。

年に一度。新幹線に乗って、ホテルを予約して、まったくの自己満足の為に赴くこの場所。家族にも、職場の人間にも、決して理解出来ない感情に突き動かされて、まったくお金にならない活動の為に、睡眠時間も、なけなしの財産も投げ打って思いを爆発させる。
手に取って貰える可能性は限りなくゼロに近い。
そんな事は分かっている。
そんな事は半分どうでもいい。
手に取って貰えるのは確かに嬉しいけれど、思いを爆発させたものを形に出来た。それが既に嬉しいのだ。
何時間も座って、一人もブースに来て貰えない事だってザラにある。でも、それでいい。
この空間が、この空気が、私は好きなのだ。

ガラガラと音を立てて沢山のキャリーが通り過ぎる。
一人で足早に行く人、友人同士語り合いながら歩く人。そんな人の波の中でぽつんと一人立ち尽くす。

仕事に追われ、人間関係に疲れ、家族に愛想を尽かし、何度もこの活動をもうやめよう、と思った。
でも、何度もうやめようと思っても、またここに帰ってきてしまう。――もうこれは、業のようなものだ。

だから私はさよならは言わないで、あの特徴的な建物を見上げてこう言うのだ。

「また来年」


END


「さよならは言わないで」

12/2/2024, 2:35:18 PM

灰色が好きとあの子は言った。
黒でも白でもない、曖昧な色がいいと。
極端なのは苦手なの、とも言った。
夏や冬より秋が好きで、昼や夜より夕方が好きな子だった。きらびやかな都会の駅ビルより、少し田舎の街のショッピングモールが好きで、映画化されたベストセラー小説よりその横の棚に一冊だけある本が好きな子だった。

今、あの子の部屋には誰もいない。
曖昧なのが好きなあの子の部屋は、嘘みたいに綺麗に整えられている。
服はここ、アクセサリーはここ、本棚はここ。
日用品はこの引き出しで、筆記用具はこの箱の中。
混ざった物など一つも無い。
「·····どっちが本当のキミだったの?」
あの子が好きだと言った本を取り出しながら、ぽつりと呟く。

吊り下げられた服は抑えた色味のものもあれば、ビビットカラーのものもあった。私と会う時はいつも抑えた色味だったが、別の一面もあったのだろう。
私に見せていたのは光か闇か、どちらだったのだろう?

――いや、どちらでもあり、どちらでもないのか。
光と闇、その境もはっきりとある訳じゃない。
あの子はその狭間で生を謳歌した。それだけの事だ。
パラパラと捲っていた本の中から、紙が一枚はらりと落ちた。

『センセ、ありがと!』

END


「光と闇の狭間で」

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