せつか

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キャリーを引いてゲートへ向かう。
ピラミッドを逆さにしたような特徴的な建物の、全景が見える位置で振り返る。

年に一度。新幹線に乗って、ホテルを予約して、まったくの自己満足の為に赴くこの場所。家族にも、職場の人間にも、決して理解出来ない感情に突き動かされて、まったくお金にならない活動の為に、睡眠時間も、なけなしの財産も投げ打って思いを爆発させる。
手に取って貰える可能性は限りなくゼロに近い。
そんな事は分かっている。
そんな事は半分どうでもいい。
手に取って貰えるのは確かに嬉しいけれど、思いを爆発させたものを形に出来た。それが既に嬉しいのだ。
何時間も座って、一人もブースに来て貰えない事だってザラにある。でも、それでいい。
この空間が、この空気が、私は好きなのだ。

ガラガラと音を立てて沢山のキャリーが通り過ぎる。
一人で足早に行く人、友人同士語り合いながら歩く人。そんな人の波の中でぽつんと一人立ち尽くす。

仕事に追われ、人間関係に疲れ、家族に愛想を尽かし、何度もこの活動をもうやめよう、と思った。
でも、何度もうやめようと思っても、またここに帰ってきてしまう。――もうこれは、業のようなものだ。

だから私はさよならは言わないで、あの特徴的な建物を見上げてこう言うのだ。

「また来年」


END


「さよならは言わないで」

12/3/2024, 3:16:36 PM