せつか

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11/28/2024, 4:08:38 PM

「未完の大作って言葉、大っ嫌い」
本屋の一角で人目も憚らず彼女は言った。

ボクはまた始まった、と思いながら平台に置かれた文庫の山を見つめる。
「他の業界じゃ絶対に許されない事じゃない? 納期に遅れるって」
それはそう。
「なのに漫画や小説はいいのは何でよ、って思うワケ。読者は待ってるのに」
一理ある。
「そりゃ、筆が止まっちゃう理由は色々あるんだろうけどさ。それならそれで説明して欲しい」
二年以上続きが出ない漫画を待っている彼女の言葉には、確かに頷ける部分もあった。飽きっぽくて、長い話が苦手なボクにはいまいち分からない苦しみなのかもしれない。
「読者は待ってるワケよ。あの戦いの結末を、あの事件の真相を、あの恋の行方を」
「ああ、うん」
「それを見届けて、〝あー、終わっちゃった〟って言いたいの」
「なるほど」
「終わった後で、描かれなかった部分を想像したり、作者が提示した結末以外の道は無かったのか考えるのが楽しいのに」

台に並んだ文庫を一冊手に取ってみる。
帯にはでっかく『未完の大作』の文字。
作者が病没したらしい。読者もそうだけど作者も悔しかったろう。作家や芸術家の中には、〝命を削って〟書いているという人も多いらしい。
「漫画でも映画でもなんでもいいけど、終わらせないで、なんて思ったこと一度もないよ。ちゃんと終わらせて、ちゃんと次へ向かわせてって思う」
彼女はそうだろう。
「ボクは時々思うことがあるよ」
「何を?」
「終わらせないでって」
「はぁ? ストーリーものまともに読まないじゃん」
「漫画や小説の事じゃないよ」
「?」

ボクは時々思うことがある。
命を削りたくなくても、削がれていってしまう事だってあるんだと。
少しずつ病魔に蝕まれていった体は、そう遠くない未来、終わりを迎えるだろう。
それは彼女にとって何になるのだろう?
戦いか、事件か·····それとも恋か。

「キミとの関係」

あ、どんでん返しだったみたい。


END


「終わらせないで」

11/27/2024, 3:42:35 PM

愛のつく言葉は沢山ある。

恋愛、求愛、敬愛、友愛、愛憎、慈愛、情愛、愛着、偏愛、性愛、自己愛、親子愛、愛嬌、愛顧、愛欲、愛別離苦、狂愛、相思相愛、愛車、愛飲、博愛主義、愛想、溺愛、愛児、愛人、割愛、愛読、愛玩物、宮廷愛、隣人愛、郷土愛、愛社精神、愛国心、愛唱、愛用、寵愛·····etc、

書き出したらキリがない。
誰でも何かに対して多かれ少なかれ、何らかの愛情はあると思う。まったく愛という感情が無い人というのはいるのだろうか? 例えば人でなくても、物を大切に思う心は愛と言えないのだろうか? 愛するという感情は、他者の目には分からないものなんじゃないだろうか?

遠く離れて、一度として触れる事の無いものでも、深く思っている事は愛と呼べるのではないだろうか?

こうやって色々と考えると、言葉や感情の奥深さというか、その果ての無さに驚かされる。


END


「愛情」

11/26/2024, 3:23:34 PM

微妙な熱。微少な熱。微妙に熱。
微々たる熱。隠微な熱。軽微な熱。

どれが一番当てはまるのかな?


END


「微熱」

11/25/2024, 4:30:56 PM

「洗濯物干してくる」
「ああ」
いつものようにベランダに向かう背中に、いつものようにPCに向かったまま答えた。

月が変わって最初の休日。
天気はすこぶる良く、絶好の洗濯日和だ。季節の変わり目で増えた洗濯物に同居人はむしろやり甲斐があると言って笑った。
窓から差し込む日差しは確かに暖かい。経理の為にPCに向かう手もかじかむことは無く、集中すればあと一時間ほどで終わるだろう。昼食はどこかに食べに行ってもいいかもしれない。

違和感に気付いたのは、少し経ってからだった。
足音が聞こえない。
洗濯物を広げる音も。
不審に思い、そちらに首を巡らせる。
「――」
真っ青な空。一枚だけ干してある白いバスタオル。
そして·····。
ベランダに手を掛けたまま、長身の背中が微動だにせず立ち尽くしている。言い知れぬ不安を感じて、思わず歩み寄った。
「·····どうした」
「·····」
答えは無い。恐る恐る覗き込むと、同居人は澄み渡る空を見上げながら目尻に涙を浮かべていた。
「ごめん。太陽が·····眩しくて」
ぽつりと力無く落とした声は、それが本当の理由では無いことを伝えている。

眩し過ぎる光。強い輝き。
それは恩恵を与えてくれるが、同時に苛烈に人を責める光でもあった。
「後は私がやっておくから休んでろ」
腕を掴んでなかば強引に部屋に連れていく。薄いレースのカーテンを引いて光を遮ると、もう一度「ごめん」と呟く声と共に同居人はベッドに沈んだ。

後ろめたい事など何も無い。
互いに互いの手を取る道を選んだ。それだけだ。
けれど·····あの眩しく輝く太陽は、罪を暴く炎のように私達を照らし出す。
青い空を睨みつけながら、許されなくても構わないと、そう思った。


END


「太陽の下で」

11/24/2024, 3:53:14 PM

昔の編物の本は何故か芸能人がモデルになっているものが多かった。
自分の彼、もしくは憧れの〇〇に着てもらいたいセーターを編む、というコンセプトだったのだろう。

私自身は編物なんててんで駄目で、子供向けの編み機のオモチャもろくに動かした事が無い。綺麗にマフラーが編める母を凄いと思っていた。
だからなのだろうか、誰かが編物をしている姿を綺麗だと感じる。
最近だとオリンピックで話題になった海外の選手。
周りが歓声や何かでざわつくなか、黙々とセーターを編んでいる姿が印象的だった。
そうして完成したセーターの、可愛らしくて鮮やかなこと。何かに集中している姿の美しさと、完成した時の笑顔。彼が満たされている事が伝わってくるエピソードだと思った。

〝着ては貰えぬセーターを〟は昔あった歌だけど、編物にしろ刺繍にしろ、手仕事というものには想いが込められている気がする。
お気に入りのセーターは手編みじゃないけど、工場で作られたものだって暖かさは変わらない。それはきっと、「安価で暖かいセーターを寒さで困っている多くの人に着て欲しい」という想いがあるからだ。


END


「セーター」

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