「未完の大作って言葉、大っ嫌い」
本屋の一角で人目も憚らず彼女は言った。
ボクはまた始まった、と思いながら平台に置かれた文庫の山を見つめる。
「他の業界じゃ絶対に許されない事じゃない? 納期に遅れるって」
それはそう。
「なのに漫画や小説はいいのは何でよ、って思うワケ。読者は待ってるのに」
一理ある。
「そりゃ、筆が止まっちゃう理由は色々あるんだろうけどさ。それならそれで説明して欲しい」
二年以上続きが出ない漫画を待っている彼女の言葉には、確かに頷ける部分もあった。飽きっぽくて、長い話が苦手なボクにはいまいち分からない苦しみなのかもしれない。
「読者は待ってるワケよ。あの戦いの結末を、あの事件の真相を、あの恋の行方を」
「ああ、うん」
「それを見届けて、〝あー、終わっちゃった〟って言いたいの」
「なるほど」
「終わった後で、描かれなかった部分を想像したり、作者が提示した結末以外の道は無かったのか考えるのが楽しいのに」
台に並んだ文庫を一冊手に取ってみる。
帯にはでっかく『未完の大作』の文字。
作者が病没したらしい。読者もそうだけど作者も悔しかったろう。作家や芸術家の中には、〝命を削って〟書いているという人も多いらしい。
「漫画でも映画でもなんでもいいけど、終わらせないで、なんて思ったこと一度もないよ。ちゃんと終わらせて、ちゃんと次へ向かわせてって思う」
彼女はそうだろう。
「ボクは時々思うことがあるよ」
「何を?」
「終わらせないでって」
「はぁ? ストーリーものまともに読まないじゃん」
「漫画や小説の事じゃないよ」
「?」
ボクは時々思うことがある。
命を削りたくなくても、削がれていってしまう事だってあるんだと。
少しずつ病魔に蝕まれていった体は、そう遠くない未来、終わりを迎えるだろう。
それは彼女にとって何になるのだろう?
戦いか、事件か·····それとも恋か。
「キミとの関係」
あ、どんでん返しだったみたい。
END
「終わらせないで」
11/28/2024, 4:08:38 PM