せつか

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11/7/2024, 2:51:20 PM

あなたとわたし。
黒と白。表と裏。光と闇。夜と黄昏。
傷と狂気。近くて遠い。忌々しくて、愛おしい。

「·····どうした?」
「? 何が?」
頬に触れた指は冷たくて心地よい。
「泣いているのかと思った」
低音が鼓膜をくすぐる。
「泣いてないよ?」
泣いてない。でも、泣きたくなるような気持ちだったのは本当で。
この人と、こんな穏やかな時間を過ごせる日が来るなんて·····。

「ココア、おかわりいる?」
じわりと滲んだ涙をごまかす為に立ち上がる。
その手を強く、掴まれた。
「いい」
「でも·····」
「いいから、ここにいろ」

あなたとわたし。
――どうしてあんなに、傷付け合っていたのだろう。


END



「あなたとわたし」

11/6/2024, 2:22:09 PM

しとしとは、柔らかい。
ざあざあは、硬い。
びちゃびちゃは、騒々しくて、
さーさーは、軽やか。
ぴちゃぴちゃは、可愛らしくて、
バラバラバラは、激しい。

朝から見れば憂鬱で、真夏のそれは恵み。
冬の雨は冷たくて、春の雨はあたたかい。

スコールと土砂降りでは、見える景色がまるで違う。

雨と雨にまつわる言葉は、こんなに豊かで面白い。


END



「柔らかい雨」

11/5/2024, 2:42:08 PM

それが本当に希望となるのか、よくよく見極めなければならない。

闇の中、微かな光がちらついている。
遠い夜空の星のようなそれは、ろくでもない私の生に救いを与えてくれるのかもしれない。

何度も裏切られ、何度も失望し、何度も諦めた。
二度とこんな思いはごめんだ。そう思い、信じる事をやめた。何も期待しなければいい。そうすれば、とりあえずは自分を保っていられる。

あの微かな光がもたらすものは救いか、失望か。
今はまだ、分からない。


END


「一筋の光」

11/4/2024, 2:45:13 PM

祭りは終わった。
夏の浮かれた時間は終わり、参加していた者達はそれぞれの場所に帰っていく。――私も、彼も。
この地で紡がれた縁は消えはしないが、皆それぞれに居場所があり、立場があり、仲間があった。
どちらも大切な、手放し難い宝物だ。
私は私であることをやめられない。ろくでもない悪辣な生き方を、やめられない。
彼も彼であることをやめられない。清廉で、真っ直ぐな生き方を、今更変えられるわけがない。
すれ違う事はあるだろう。互いに軽く片手を上げて、簡単な言葉を交わすくらいならある筈だ。
でもそれだけ。それ以上にも以下にもならない。私は悪友達と悪巧みをし、酒を酌み交わし、荒唐無稽なホラ話にうつつを抜かす、いつもの日々に戻るだろう。

ベランダに出ると夜風が気持ちいい。
冷たい風は海を渡る潮風に少し似ている。
その風にしばらく当たっていると聞こえない筈の潮騒が聞こえてきたような気がした。

「·····参ったな」
こんな感情を抱く日が来るなんて。
小さく呟いた声は誰にも届くことなく風にかき消された。


END


「哀愁を誘う」

11/3/2024, 3:34:22 PM

疲れた顔が映っている。

昔から自分の顔が大嫌いだった。
父譲りの濃いめの体毛は小学生の頃はいじめの対象だった。彼らはいじめのつもりは無くて、愛のある弄りだったと言うのだろう。けれど私は彼らの言葉に愛を感じた事などただの一度も無かった。
中学、高校と歳が上がるにつれ、自分で少しずつ自分の顔を変えるようになった。
眉を剃って整え、顔も剃り、化粧水や乳液で肌を整えた。お菓子がやめられなくてニキビに悩まされたけど、それでも化粧やなんかで隠す術を覚えた。

整形はなんだか怖かったのとお金が無かったのとでしなかったけれど、お金持ちだったらやったかもしれない。

大人になって、人の目をスルーする術を身につけたり、没頭出来る趣味を見つけて、そこまで外見を気にする事は無くなったけれど、今も仕事で疲れた日なんかは、鏡を見るとうんざりする。

だけどたった一つだけ。
トレードマークとも言える顎にあるホクロ。
これだけは、取らなくて良かったと思う。
だって、多分これが無くなったら、私の顔じゃなくなってしまうだろう。

「·····はは。ま、いっか」
鏡に映る疲れた顔に、いびつな笑顔を向けた。


END


「鏡の中の自分」

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