優しくてかっこいいその人は、どこにいっても人を惹き付けていました。
一緒に行った遊園地。
アトラクションに乗る為に並んでいる時も、フードコートで食事をしている時も、その人を取り巻くように人が集まり、中にはヒソヒソと囁きあいながらスマホを向ける姿さえありました。
プライバシーも何もあったものじゃありません。
それでも怒らないその人に、僕は意地を張るようにしてわざとつれない態度をとったのでした。
僕が実家を離れ、寮に入る前日。その人は久しぶりに遊園地に行こうと誘ってきました。
山間にある少し寂れた遊園地に着いたのは、夕方近くのことでした。
人の姿はまばらで、BGMも少しノイズ混じりです。
最新のテーマパークに比べてイルミネーションも抑え目なそこには、誰も乗っていないメリーゴーランドが寂しげに回転していました。
「一緒に乗ってくれるかい?」
振り向いてそう言ったその人の顔を、僕は一生忘れることはないでしょう。
やわらかな光を背に微笑むその人に、僕は今まで守られていた事を知ったのです。
父一人子一人。
それでも決して不幸では無かったのは、この人があらゆる悪意から僕を守ってくれていたからでした。
ゆっくりと回転する木馬に乗って、僕はこれからこの人のいない生活が始まることを思い知るのでした。
END
「やわらかな光」
普段はどちらかというと柔和で、甘いと言われる方だと思う。
ふわふわした金髪も相まって、整った美貌でニコリと微笑む姿は、万人を蕩けさせる甘い顔、と言っても過言ではないだろう。
でも、それだけじゃないことを私は知っている。
戦うべき相手をその目に捉えた時、彼の表情は一変する。研ぎ澄まされた刃のような、鋭い眼差し。
絶対に逃しはしないという苛烈な意志を感じさせるそれに、私はいつも内心で身震いする。
――あぁ、焔のように揺れるその眼光に、一片の欠片も残さず焼き尽くして欲しい。
END
「鋭い眼差し」
「そんなに高く飛んでどこへ行こうというのです?」
「誰の手も届かないところへ。誰からも見られないところへ」
「愛したひとのそばを離れて?」
「僕が愛したひとは僕を見てなんかいなかった。彼女は自分以外ただの一人も見ていない。自分以外ただの一人も愛せない。そんな彼女にとって、僕のおぞましい姿は視界に入れる事さえ嫌な事なんだ。だから僕は、彼女の目の届かないところへ行く」
「たった一人で?」
「生まれた時から僕は一人だ。泥に埋もれたままずっとずっと、長い時を一人で生きてきた。彼女と過ごした一瞬が、特別だったんだ」
「その特別を、永遠のものにしなくては」
「君には分からない! 誰からも愛され、称えられた君には!」
「でも、私も·····本当に愛したひとを幸せにする事は出来ませんでした」
「·····君はっ」
「私は間違えた。罪を犯した。でも·····彼女の為に心を焦がし、魂を燃やした事自体を、私は間違っていたとは思いません」
「誰が·····、誰が僕のようなおぞましい生き物を愛してくれる!? 彼女だって·····」
「たとえ一瞬だったとしても、その時の優しさや笑顔は、本物だったのでしょう? 」
「――」
「あなたを空へと向かわせたのも、それが真実だと知っているからでしょう?」
「何を·····」
「私には·····あなたをそばに置き続けることはあなたの本当に美しい姿を閉じ込めてしまうことになるのだと、その方が気付いたからのように思います」
「本当に、美しい姿·····?」
「なにものにも縛られず、自由に空を舞う姿。あなたのその姿は、美しく見えこそすれ、おぞましいものには到底見えません」
――高く高く。
――どこへでもいってしまえ。
(愚かな私の手など離れて)
「もう、遅いよ」
「そうでしょうか」
「僕は彼女の手を離した。僕は彼女の元を離れた。もう守ってあげられない。もう地上へは帰れない」
「あなたが信じたその方の眼差しは、今もあなたを捉えているのでは?」
――あぁ、そうだ。
僕は愚かで、美しくて、残酷な·····優しい君を、愛したんだ。
「もっと早く、君に会えていればよかった」
「そうですね」
「さよなら。私と同じ名前の君」
「――」
どんなに愚かなことでも貫き通せば真実になる。
彼女の笑顔を、彼女の眼差しを、彼女の優しさを、たとえ嘘だと分かっていても、僕自身が信じ通していればよかった。
あぁ、空が、まるで燃えるように真っ赤だ·····。
END
「高く高く」
無邪気に親の後をついて歩いていたあの頃には戻れない。子供のように大人は凄い、大人は偉いと無条件に信じるには、汚れたものを見過ぎてしまった。
〝いい大人〟になってしまった私は、親も、先生も、店員さんも、ただ真面目なだけでは、ただ誠実なだけでは生きていけないことを知ってしまった。
そうして親も、失敗もすれば逃避もする、間違えることもあれば癇癪を起こすこともあるただの人間だと思い知ってしまった。
もう子供のように無条件に親を信じる事は出来ない。
けれど同じ〝大人の目線〟で、寄り添うことは出来るから、今度はそんなつきあい方をしていこうと思う。
END
「子供のように」
学校の怪談を検証した。
トイレの花子さん、体育館の天井にいる何か、校庭を走る二宮金次郎、コンクリートで出来た山の遊具(〝なかよし山〟という名前がついていた)に潜むモノ、夜に鳴る音楽室のピアノ·····あと一個、何かあった気がするけど忘れてしまった。
放課後、学校中を歩いて怪談が本当か確かめた。
音楽室のピアノだけは夜だから確かめられなかった。
他はどれも、それらしき音や物や気配があって、キャー!と叫びながらその場を離れた。
トイレの花子さんは学校の近所にその子の家だという建物さえあった。(じゃあ花子さんはただこの学校の生徒だった、という事なんじゃないだろうか?)
あれ?
··········。
··········。
誰と検証したんだっけ?
END
「放課後」