せつか

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7/23/2024, 2:24:00 PM

現実離れした光景が広がっている。
季節や時間といった概念が無いからかもしれない。
棘だらけの葉で獲物を捕える白い花。
禍々しさを湛えた黒い花。
細い管を伸ばして艶めかしく咲く紫の花。
見た事の無い花々が、季節も、時間も関係なく一斉に咲いている。

「魔性とか、慈愛とか、友情とか、色々な言葉があるけど」
男の声がする。
「ヒトが勝手に押し付けたイメージだよ」
幾重にも重なった淡い赤が、目の前で揺れている。
「花は自分の形や、色や、生態にどんな意味があるかなんて知らない」
漏斗に似た形のピンクの花が大きく開いて、私の体を丸ごと包んでいく。――こんな花は現実には存在しない。私はここが夢の中なのだと改めて思い知る。

「君はその花でもあり、この花にも似ている」
私を包んでいた花が不意に消えて、今度は青紫の花に囲まれる。
「どれも正しく、どれも間違いだ」
様々な花が現れては消え、そのたびに私は花びらに包まれたり、蔦に絡まれたり、葉に落ちたりしている。
私が小さくなったのか、花が大きくなったのか、それともそれすら幻覚なのか。
私は目を開けてすらいなくて、男の声に惑わされているだけなのかもしれない。

「君は自分を破滅を齎す罪人だと思っているだろうけど」
男の声は穏やかで、心地よい。
「それもある意味では正しく、ある意味では間違いなんだ」
男が私を見ている。紫の瞳。私と同じだ。
細められた瞳はこの出会いを楽しんでいるのか、哀しんでいるのか。
「君という大輪の花が咲き、散ったからこそ君達の物語は永遠を得たんだよ」
――そんなもの、何になるというのだろう?
「そして、私も」
白い花びらが一枚、まるで布のように広がって私と男を包み込む。
「君という花が·····、君達という花が咲き、散っていくのを見送るという楽しみを得ることが出来た」
楽しみ、という割には、男の声は悲しげで。耳のすぐそばで聞くその声に、私は惑う。
「咲いて、散って、また咲いて·····」
歌うような男の声が、耳元から頬へ移動する。
「何度目かの〝開花〟で、私と君の関係性に変化が訪れる時が来るかもしれないね」
頬に触れた唇は、思いのほか温かかった。

END


「花咲いて」

7/22/2024, 11:56:29 AM

「やり直したい過去でもあるの?」
言いながら、女は両手を後ろに組んでゆったりと歩き出した。キャビネットのファイルを手に取って、パラパラと捲る。大して興味などないのだろう、すぐにそれを棚に戻すと目の前にある大きな3Dプリンターに似た機械に視線を向けた。
「こんな機械まで作っちゃうなんて」
それまで無言でキーボードを叩いていた男は女の言葉に手を止めて、分厚い眼鏡を額に押し上げる。
「別に、そういうワケじゃないよ」
いかにも博士然とした姿の男に女はクスリと小さく笑って、「じゃあ、未来に行って私とどうなってるか知りたいんだ?」と肩を竦めながら問うた。
プシュ、と音がして3Dプリンターに似た機械の扉が開く。
「未来なんか知りたいと思わないよ」
「? だってこれ、タイムマシンでしょ?」
「そうだけど、別にこれは僕達が過去や未来に行く為のものじゃないから」
「どういうこと?」

――ドン。
「ちょっと!?」
突き飛ばされた女が振り向くのと、機械の扉が締められるのはほぼ同時。
「この機械は中に入れたものの時間を進めたり戻したりするものだよ」
「はあ?」
「君を生まれる前まで戻したらどうなると思う?」
操作パネルに手を伸ばす。
「·····まさか」
機械の中に閃光が走り、漏れ出た光が部屋全体を照らす。
「僕にはやり直したい過去も、知りたい未来も無いよ。ただ君だけは·····僕の人生の汚点だから」
光が収まり、元の明るさに戻った部屋。
機械の中には何も無い。
「·····さよなら、バカ女」
男の昏い笑みはやがて哄笑へと変わっていく。

◆◆◆

そこで、目が覚めた。


END


「もしもタイムマシンがあったなら」

7/21/2024, 1:19:35 PM

涼しさ



「今一番欲しいもの」

7/20/2024, 12:09:08 PM

おじいちゃんの名前から一字を貰ったという。
会ったことの無いおじいちゃん。
私が生まれた時にはもう亡くなっていたおじいちゃん。
戦争に行ったという話だけしか知らないおじいちゃん。
どんな人だったのか、その字にどんな意味が込められているのか、父も母もあまり詳しくは教えてくれなかった。

自分の名前は嫌いじゃない。けれど顔も知らない、どんな人か分からないおじいちゃんの面影を重ねられても正直困ってしまう。おじいちゃんのように生きろという意味なのか、その字に込められた意味を探して生きろという意味なのか。

きっと死ぬまでそれを考え続けるのだろう。


END


「私の名前」

7/19/2024, 3:18:02 PM

その視線の先に誰がいるのか、そしてその視線にどんな意味があるのか、誰もが気付いていたと思います。
いえ、そういった心の機微が分からない者もいたかも知れません。けれどそれはまだ年若い、自分の栄達と野心に燃えている者特有の視野狭窄によるものでしょう。いずれ彼等も気付いたのではないかと思います。

その視線の意味に気付いた者達はみな一様に苦悩しました。男も、女も。
彼に憧れ、彼に恋をし、彼に心を奪われた者すべてが、その日自分の一部が欠けてしまったことを思い知らされたのです。彼を憎むことが出来たらどんなに良かったか。憎むことも、恨むことも、忘れることも出来ないからこそ、彼自身だけでなく全てのものが苦しんだのでした。

結末は、ご存知の通りです。

残ったのは、焦土と化した王国でした。


END


「視線の先には」

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