みんなと同じじゃないと烈火のごとく怒って排斥するくせに、みんなが特別扱いをされることを願っている。
平均的で、一般的で、フラットな世界の中で、自分だけが選ばれるのを心の中で望んでいる。
みんなが不平不満や日々の愚痴をこぼす中、いつか誰かが自分を見つけて、「あなたは特別だ」「あなたはすごい」と賞賛してくれるのを待っている。
SNSやネットのツールがこれだけ流行っているのもきっとこれが理由だろう。「私だけに向けられる」賞賛が目に見える形で表れる。承認欲求を満たすのに、こんなに便利なツールは無い。
かくいう私も。
毎日同じような業務の繰り返し、ストレスだらけの人間関係。それらから逃げるようにネットの世界に飛び込んで、自分の好きな世界を、好きなものを表現する。そこで貰う「いいね」は私だけのものだ。
顔も見えない世界で送られる小さなハートのマーク。
顔も知らない誰かがくれた、小さな、けれど尊い気持ち。この通知が来るだけで、私は多分明日も生きていけるのだろう。
END
「私だけ」
はっきりと記憶があるものの方が少ないんじゃないだろうか。
社会見学に行く前日に朝礼台から落ちて怪我したとか、回してる最中の洗濯機に指を突っ込んだら洗濯物が指に絡まって泣き喚いたとか、暑くて氷を噛んでたら喉につまったとか、そういう記憶はある。
それはきっと、痛みや苦しさと連動しているからだろう。
痛みや苦しみを伴わない物事の記憶は余り残っていない。それは単に忘れているだけなのか、それともそういう体験自体が無いのか·····考えないことにしている。
END
「遠い日の記憶」
〝アレ〟が白や金色の光を放ちながら空にある時、私の周りの小さな世界は温かくなり、視界が一気に広がる。〝アレ〟の名前を私は知らないけれど、あの光があることでこの小さな世界の住人は生きる力を得ている気がする。
〝アレ〟はいつも空にあるわけじゃない。空に昇り、一定の時間になると姿を消して、また顔を出す。
全く姿を見せない日もある。そんな時はこの小さな世界も少し寒くて、視界も薄暗いまま。それがこの世界の営みなのだと知ったのは、ずっと後のことだった。
〝アレ〟の名前を私は知らない。
けれど最近、〝アレ〟と同じ温かさを持つ存在がこの小さな世界を訪ねてくるようになった。
それは〝アレ〟と同じくらい輝いていて、〝アレ〟と同じくらい温かい。
私の視線に気付いたそれは、青い綺麗な瞳を輝かせてにこりと笑った。
「こんにちは」
「×××××」
柔らかな声だった。空にある〝アレ〟が言葉を話したらきっとこんな声だろう。青い瞳と〝アレ〟に似た綺麗な髪。私は一目で心を奪われた。
それは何度か〝アレ〟が空に昇り、姿を消すを繰り返す間この小さな世界にいて私と一緒に泳いだりしていたが、しばらくすると「また来年、来ますね」と言って去っていった。
空に向けて顔を上げる。
青い空の斜め上に、〝アレ〟が金色の光を放って浮かんでいる。
「また来年、来ますね」
柔らかな声が頭の中に響いた。
「×××××」
その時胸に浮かんだ感情の名前を、私はまだ知らずにいる。
END
「空を見上げて心に浮かんだこと」
「終わりにしよう」
「何をです?」
「私と君の間にあるもの全て、かな」
「お断りします」
「·····っ、君は、苦しくないのかい?」
「苦しいですよ。私とあなたの間にある全てが、悩ましく、悲しく、苦しい」
「だったら·····」
「でもあなたと私の間にあるものは全て抱えて生きると決めましたから」
「·····」
「悩みも、悲しみも、苦しみも、私の心の一部です。それを切り離して生きるなんて、生きる意味がないじゃないですか」
「·····私は、君に悩みや苦しみを与えている張本人なんだよ? そんな私と一緒にいて、君は·····」
「苦しいし、悲しいです。どうしたって私とあなたの間には分かり合えないものがある。でもね·····」
「でも·····?」
「それら全てを抱えてもなお手放し難い、喜びがあるんです。これだけはあなたがどんなに厭うても、譲る訳にはいきません」
「·····」
「あなたが何を考えてるか、大体分かります。それが変えようの無いものだということも」
「だったら」
「だからあなたも、目一杯悩んで、悲しんで、苦しんで下さい。そしてそれを飛び越えるだけの喜びを、二人で見つけましょう」
「·····終わりにするよ」
「あなたねえ·····」
「終わらせることばかり考えてしまうのを、終わりにする」
「――!」
「だからどうか、これからも·····」
「ええ、よろしくお願いします」
END
「終わりにしよう」
「手を取り合ってこの困難を乗り越えましょう」
前向きで、力強くて、美しい言葉。
頑張らなきゃと思う。
後ろ向きになっちゃ駄目だと気が逸る。
弱気な心を追い出さなきゃと思う。
でも、思うだけ。
いつもいつも、この手を振りほどいて逃げ出したくなる。何もかも投げ出したくなる。泣き喚いて暴れたくなる。
それも、思うだけ。
後ろ向きで弱くて小心者の私は今日もどっちつかずのまま、中途半端な日々を生きてる。
END
「手を取り合って」