せつか

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現実離れした光景が広がっている。
季節や時間といった概念が無いからかもしれない。
棘だらけの葉で獲物を捕える白い花。
禍々しさを湛えた黒い花。
細い管を伸ばして艶めかしく咲く紫の花。
見た事の無い花々が、季節も、時間も関係なく一斉に咲いている。

「魔性とか、慈愛とか、友情とか、色々な言葉があるけど」
男の声がする。
「ヒトが勝手に押し付けたイメージだよ」
幾重にも重なった淡い赤が、目の前で揺れている。
「花は自分の形や、色や、生態にどんな意味があるかなんて知らない」
漏斗に似た形のピンクの花が大きく開いて、私の体を丸ごと包んでいく。――こんな花は現実には存在しない。私はここが夢の中なのだと改めて思い知る。

「君はその花でもあり、この花にも似ている」
私を包んでいた花が不意に消えて、今度は青紫の花に囲まれる。
「どれも正しく、どれも間違いだ」
様々な花が現れては消え、そのたびに私は花びらに包まれたり、蔦に絡まれたり、葉に落ちたりしている。
私が小さくなったのか、花が大きくなったのか、それともそれすら幻覚なのか。
私は目を開けてすらいなくて、男の声に惑わされているだけなのかもしれない。

「君は自分を破滅を齎す罪人だと思っているだろうけど」
男の声は穏やかで、心地よい。
「それもある意味では正しく、ある意味では間違いなんだ」
男が私を見ている。紫の瞳。私と同じだ。
細められた瞳はこの出会いを楽しんでいるのか、哀しんでいるのか。
「君という大輪の花が咲き、散ったからこそ君達の物語は永遠を得たんだよ」
――そんなもの、何になるというのだろう?
「そして、私も」
白い花びらが一枚、まるで布のように広がって私と男を包み込む。
「君という花が·····、君達という花が咲き、散っていくのを見送るという楽しみを得ることが出来た」
楽しみ、という割には、男の声は悲しげで。耳のすぐそばで聞くその声に、私は惑う。
「咲いて、散って、また咲いて·····」
歌うような男の声が、耳元から頬へ移動する。
「何度目かの〝開花〟で、私と君の関係性に変化が訪れる時が来るかもしれないね」
頬に触れた唇は、思いのほか温かかった。

END


「花咲いて」

7/23/2024, 2:24:00 PM