せつか

Open App
4/22/2024, 3:12:21 PM

「たとえ間違いだったとしても、後悔なんかしない」
そんな台詞を何かで読んだ。
多分漫画か何かだったと思う。
私はその台詞の力強さと、言った人物のまっすぐな、自信に満ちた瞳に怯んでしまったのを覚えている。

――そんな筈あるか。
そう思ってしまった。
私なんか後悔だらけだ。
間違ったことそれ自体にも、間違って、誰かに迷惑をかけたり傷つけてしまったことにも、未練と後悔の念ばかりが積もっていく。

後悔しないと言い放つその自信はどこから来るのか。
間違えたことを悔やんで、悩んで、それでもその選択しか出来なかったことをずっと背負っていく。

フィクションはフィクションだから、夢みたいな台詞も許されるのだろう。


END

「たとえ間違いだったとしても」

4/21/2024, 3:38:59 PM

ぽとりと落ちた、一雫。
それはカップの中であっという間にコーヒーと混ざり合い、跡形もなく消えていく。
無味無臭のその一雫は、けれど私とあなたの関係を一瞬で変えてしまう力を持つ。
あなたは何の疑いもなく、私が差し出したコーヒーを飲むだろう。私も向かいの席に座って、笑いながら同じようにコーヒーを飲み、クッキーに手を伸ばす。
優雅で楽しいティータイムが終わる頃、私はそっと尋ねるのだ。
「美味しかった?」
あなたはきっとああ、とぶっきらぼうに答えるだろう。私はにっこり微笑んで、良かった、と答えるのだ。そして数分と経たないうちに、あなたに変化が訪れる。
私は変わっていくあなたを見ながらまだ飲みかけのコーヒーをゆっくり味わうだろう。
あなたの目が、あなたの唇が、あなたの指が変わっていくのを、まるで花でも鑑賞するかのように見つめ続けるのだ。

ぽとりと落とした、一雫。
毒なのか薬なのか、それは私しか知らない。

END


「雫」

4/20/2024, 3:55:39 PM

それが無欲からくる言葉ではないことは、声で分かりました。
朝、「おはよう」と言うのと同じくらいの何でもなさで、会話の続きはもう無いのだと言わんばかりの素っ気なさで、それでも彼は笑うのです。
それは暗に、「本当に欲しいものは君から与えられるものじゃない」と言われているかのようでした。

――いえ、彼は本当に「何もいらない」のかも知れません。
彼の心の中には今も確かにあの方がいるのです。
私がもう顔を思い出す事すら出来ないあの方を、彼は今も胸に住まわせているのです。そんな彼に、私が与えられるものなどありはしないのだと、私自身がよく分かっていました。

「何もいらない」
そう言いながら、彼は今日も優しく笑って私の隣を歩くのです。彼が隣にいるという幸福を、共に肩を並べて歩ける喜びを、与えられているのは私の方でした。
自らが与えられないことを悔やみながら、彼から剥がれ落ちていく小さな欠片を拾い集めて浅ましく貪っている私という獣は、もう彼無くしては生きられないほどに、その味の虜となってしまっているのでした。

――あぁ、なんて、羨ましい。
彼の胸に住むあの方へ向けた感情は、醜くも愚かしい、決して彼に知られてはならないものでした。

END

「何もいらない」

4/19/2024, 2:49:28 PM

未来が分かったところで多分「やっぱりな」という感想しか浮かばないと思う。

宝くじを買ってるわけじゃないから一発逆転で大金持ちになれるワケでなし。
仕事で大抜擢されるほどずば抜けた能力があるワケでなし。
もう後期高齢者と呼ばれる世代になった両親の、価値観や考え方をアップデート出来る可能性は限りなく低い。
世界から戦争が無くなってるとは思えないし、差別も貧困も無くならない。
人は自然を制御出来るほど賢くもないし、技術の進歩が喜びをもたらすとは限らない。

だから別に、未来なんて·····

たかが知れてる。


END


「もしも未来を見れるなら」

4/18/2024, 3:21:24 PM

「これ、なーんだ?」
「?白いキャンバス」
「正解! 真っ白で、何にも描かれてない新品のキャンバスだ」
「何か描いてくれるの?」
「何がいい?」
「え? うーん、何がいいかな·····」
「この真っ白なキャンバスは君の世界だ。真っ白に見えるけど無色の世界。白く見えるのは君がまだ何もこの世界に意味や形を与えていないからだ」
「なんだか難しいな·····」
「なんにも難しいことなんかないさ。君の見たいもの、好きなもの、こうしたい、ああしたい、何でもいいから描けばいい。逆に見たくないもの、嫌いなものを描くのもアリだ。君の世界なんだからね」
「でも俺、絵の描き方なんて分かんないよ」
「絵を描こうとしなくていいんだよ。君の気持ちの赴くままに、画材だってなんだっていい」
「その前に、なんで俺が描くことになってるの?」
「君の世界を私に見せて欲しいんだ」
「いやいや、稀代の天才の前でそんな大それたこと出来ないって!!」
「·····見せてよ」
「·····っ」
「今を懸命に生きてる君が何を感じているのか、どんな世界を見ているのか、私に教えて欲しい」
「·····いいけど、下手だよ?」
「下手な絵なんてこの世には無いよ。絵はね、見る者に響くか響かないかだ」
「·····頑張ってみる」

F4号の白いキャンバスが部屋に持ち込まれて数日が過ぎた。そこにはまだ線の一本も描かれていない。
ゆっくりでいい、と言った。
描きたくなった時でいい、とも。
描きたいと思う。自分がどう世界を捉えているのか。
それを自分自身が知りたい。
「·····」
部屋を見渡して、唯一見つけた画材を手に取る。
一本の鉛筆で気の向くままに走らせた一本の線。

無色の世界にようやく色がつき始めた。


END


「無色の世界」

Next