「これ、なーんだ?」
「?白いキャンバス」
「正解! 真っ白で、何にも描かれてない新品のキャンバスだ」
「何か描いてくれるの?」
「何がいい?」
「え? うーん、何がいいかな·····」
「この真っ白なキャンバスは君の世界だ。真っ白に見えるけど無色の世界。白く見えるのは君がまだ何もこの世界に意味や形を与えていないからだ」
「なんだか難しいな·····」
「なんにも難しいことなんかないさ。君の見たいもの、好きなもの、こうしたい、ああしたい、何でもいいから描けばいい。逆に見たくないもの、嫌いなものを描くのもアリだ。君の世界なんだからね」
「でも俺、絵の描き方なんて分かんないよ」
「絵を描こうとしなくていいんだよ。君の気持ちの赴くままに、画材だってなんだっていい」
「その前に、なんで俺が描くことになってるの?」
「君の世界を私に見せて欲しいんだ」
「いやいや、稀代の天才の前でそんな大それたこと出来ないって!!」
「·····見せてよ」
「·····っ」
「今を懸命に生きてる君が何を感じているのか、どんな世界を見ているのか、私に教えて欲しい」
「·····いいけど、下手だよ?」
「下手な絵なんてこの世には無いよ。絵はね、見る者に響くか響かないかだ」
「·····頑張ってみる」
F4号の白いキャンバスが部屋に持ち込まれて数日が過ぎた。そこにはまだ線の一本も描かれていない。
ゆっくりでいい、と言った。
描きたくなった時でいい、とも。
描きたいと思う。自分がどう世界を捉えているのか。
それを自分自身が知りたい。
「·····」
部屋を見渡して、唯一見つけた画材を手に取る。
一本の鉛筆で気の向くままに走らせた一本の線。
無色の世界にようやく色がつき始めた。
END
「無色の世界」
4/18/2024, 3:21:24 PM