あなたが一番綺麗。
あなたが一番強い。
あなたが一番·····苦しんでいる。
私はずっと見てきました。
遠く離れた場所からずっと。
あなたが正しくあろうと思えば思うほどうまくいかなかったことも、あなたが愛したもの達を守ろうとしたことも、全部全部、見てきました。
でも、あなたは誰も救えなかった。
あんなに頑張っていたのに。
あんなに苦しんでいたのに。
かわいそうに。
もう、いいでしょう?
もう、かえっていらっしゃい。
何もかも捨てて。あなたの愛に応えてくれない世界など捨てて、かえっていらっしゃい。
ここならみんな、あなたの愛に応えてくれる。
優しいあなたを、美しいあなたを、強いあなたを·····いいえ、たとえあなたが弱く脆くても、みんな温かく迎えてくれる。
あなたが一番大切だから。
他の誰がどうなろうと、世界がどうなろうと、私達には知ったことじゃないから。
だから、さあ。
早くかえっていらっしゃい。
誰よりもずっと大切な、私達の大好きなあなた。
END
「誰よりも、ずっと」
街のシンボルと言われた大きな樹。
その下で今日も人は憩いのひと時を過ごしている。
「この樹はばぁばが生まれる前からあったんだよ」
「ばぁば、ほんと?」
「ほんと。ばぁばのお父さんとお母さんも、そのまたお父さんとお母さんが生まれた頃にはもう、この樹は今と同じくらいの大きさだったんだよ」
「すごいね!」
「ずっとずっと昔から、私達を見守ってくれているんだよ」
「ふぅん」
「この街が街になるよりもずっと前、まだ森や小川があって、野うさぎが跳ねてた頃からずっと見守ってくるているんだねえ」
「うさぎさんがいたんだ」
「多分ね」
「私が大きくなっても見守ってくれてるかな」
「そうだね。これからもずっと、この樹はここで私達を見守ってくれてると思うよ」
祖母と孫の言葉に応えるように、大きな樹の枝が風に揺れて音を立てる。
ざわざわ、ざわざわ。
葉と葉が擦れて鳴る音は、二人の言葉を肯定しているのか、否定しているのか分からない。
数百年後――。
その樹は変わらず青々とした葉を茂らせて、廃墟となった無人の街を見下ろしていた。
END
「これからも、ずっと」
陽が沈む。
空の端がオレンジ色に燃えている。
高層ビルも、公園の木も、行き交う車も、歩く人も、すべてを黒く塗り潰して。
黒いかたまりになった街は、そのまま一つの大きな生き物になってしまったようだ。
夜に向かって変貌を遂げる街の姿を、ビルの屋上で見下ろしている。
手すりに掴まって片足を跳ね上げる後ろ姿は無邪気な子供のそれに似ていた。
「しゅうまつだねー」
間延びした声で言う。
「そうだな」
短く答えて隣に並ぶ。
地平に沈む太陽の端が、黒い生き物に食べられて無くなってしまったようだ。ならばオレンジの光は黒い生き物の口から漏れた最後の吐息だろうか。
世界の終わりのような不吉な赤は、見ている者の胸をざわつかせる。
当たり前にやって来る週末のように世界の終わりも来るのなら、こんなに不安に駆られる事も無いだろう。
「最後に一緒にいられて良かった!」
「·····俺も」
陽が沈む。
オレンジの光が完全に消えてしまえば、待っているのは·····。
END
「沈む夕日」
「苦しくなるんだ」
彼はそう言って僅かに視線を逸らしました。
「君のそのまっすぐな、綺麗な青が私には眩しくて、私の汚れた心を見透かされているような気がして·····」
そこで言葉を詰まらせた彼は、俯いたまま黙りこくってしまいます。私はじっと、そんな彼の横顔を見つめて待ち続けました。
彼は私と向き合う事を恐れてはいても、逃げる事はしないと分かっていたからです。
やがて彼は意を決したように顔を上げると、私をまっすぐ見据えて言いました。
「君が私を許すと言うのも、自分にこそ責があると思っているのも知っている。だからこそ、私は言うよ。·····私を許さないで欲しい」
彼は私の目をまっすぐ見つめ返しながら、そう言いました。
――不器用なひと。
許すと言うのだから素直に受け止めればいいのに、自分にはそんな価値は無いと思い込んでいる。
苦しくなると言いながら、私の目を見つめることを止めようとはしない貴方に、許す以外に何が出来るというのでしょう?
本当は、過去の罪も、懐かしい記憶も、家族の思い出も、何もかもを手放して貴方と二人、誰もいない世界へ行ってもいいとさえ思っているのに。
彼の揺れる淡い色をした目を見つめる度に、苦しくなるのは私の方だというのに。
あぁ、本当に·····厄介なひと。
END
「君の目を見つめると」
こうして貴方とゆっくり話をするのは初めてかもしれませんね。
ここは不思議です。本来出会う筈の無い人達とこうして出会い、同じ目的の為に集まっている。時代も、国も、距離も、何もかもを遥かに超えて。
私はここに来られて良かったと思います。
あぁ、ほら。
今夜は特別冷えるから、星がこんなに綺麗に見える。
寒い季節の暮らしは辛いものですが、見上げればこうして数多の星が私達を見守っている。それだけで、少し冬が好きになれそうだと思いませんか?
数え切れない輝く星。
私はここに集った皆が、星そのものなんだろうと、最近思うようになりました。
貴方が私にとってかけがえのない友であったように、ここに集う皆が誰かにとって輝ける星で、星を見上げる誰かもまた、別の誰かにとって星なんだろう、と。
強く輝く星もあれば、弱く小さく光る星もある。
燃え尽きそうな星もあれば、生まれたばかりの星もある。そうしてみんな、輝いているのでしょう。
私にとって××は、輝く星空そのものでした。
誰一人、欠けて欲しくなかった。
貴方も、彼も。こう言ったら貴方はまた辛そうな顔をするのでしょうね。でも、本当にそう思うのです。
もっと早く、想いを言葉にすれば良かった。
飲み込み続けた言葉は紡がれる事なく消えてしまって、もう二度と彼等に、貴方に届ける事が出来ません。だから今は、ここにいる今だけは、想いを伝えようと思うのです。
上手く伝えられるか分かりませんが、時々こうして話をしてくれますか?
あぁ、やっぱり。
そうして貴方は泣くのですね。頬を伝う雫が、まるで星粒のようですよ。
END
「星空の下で」