「いってらっしゃい、気を付けて」
「ミッションをクリアして無事に帰って来られるよう、祈っています」
そう言って、宙へと飛び立つ貴方を見送ったのはほんの数ヶ月前。当然のように続くと思っていた日々はあっけなく失われ、この星は何度目かの戦火に包まれた。貴方が迷わず帰って来られるようにとつけた灯火も、いまや閃光に紛れてしまって分からない。
たった一つ手元に残ったのは小さな端末。
貴方と私を繋ぐたった一つの手段で、私は今日も貴方に偽りのメッセージを送る。
貴方が愛したこの星に、安全な場所などどこにも無くなってしまった。いつか戦争が終わるまで貴方が帰ってこないよう、私はメッセージを送る。
――たとえ暗い星の海のただ中でも、貴方が生きてさえいてくれれば、私はそれでいいのです。いつか必ず、迎えに行きますから。だから今は·····、
◆◆◆
『こちらは穏やかな日々が続いています』
『追加のミッションです。引き続き調査をお願いします』
『承認が下りました。更なる調査と成果を期待します』
彼から届くメッセージは、いつしか事務的な文章ばかりになっていた。
母星とこの小さな船を繋ぐ唯一の手段。その端末から届く僅か数行のメッセージ。
彼からのメッセージがこの船に届くまで、数週間のタイムラグがある。
――君は今、何をしているのだろう?
もう眠っている時間だろうか?
――君は今、何を見ているのだろう?
この星は過酷だが生命の痕跡を見つけたよ。
――君は今、どんな音を聞いてるのだろう?
私は船に乗る前に録音した君の声を毎日聞いてるよ。
·····あぁ、早く帰りたい。
END
「君は今」
空が低い。
灰色の雲がうねうねと抜け落ちた動物の毛みたいに丸まって、低く重く垂れ込めている。多分一時間もしない内に雨になるのだろう。動けないのがもどかしく、窓辺にもたれてぼんやりと外を見つめる。
·····気まずい。
名前は知ってる。うちで一番強いって事も。あと、めちゃくちゃモテるって事も。でも、僕自身喋った事も無いし、そもそもあっちはあっちでお仲間がいる。
だから、今日はたまたま。たまたま組んで仕事に出たら、雨だわもう一人がはぐれたわで、ここで待機を命じられた。仕方なく二人でこうしているけれど、あちらさん、なーんにも喋らない。
この空と同じどんよりと重苦しい顔のまま、テーブルに片肘ついて黙り込んでいる。
「·····」
――絵になるな、と思った。
眉間に刻まれた縦皺も、僅かに伏せられた長い睫毛も、珍しい目の色も、確かに目を奪われる。めちゃくちゃモテる、ってのも納得だった。
多分、だけど。
僕はこの人に、あんまりよく思われていないのだろう。なんとなくそう思う。まぁ生きた世界が違うのだから当然なんだけど。でもそれだけじゃないんだろうな。
「コーヒーでも淹れよう」
ぼんやり外を眺めてたら、思いがけない言葉を掛けられた。
「·····オタク、出来るの?」
「君より上手いよ」
ぽかんと口を開けたまま、僕はキッチンに向かう後ろ姿を見つめる。
ぽつぽつと、雨が窓を打つ音が聞こえてきた。
気まずかった待機時間が、ほんの少し楽しくなってきた。
END
「物憂げな空」
「「宇宙船地球号」「一寸の虫にも五分の魂」「植物にも言葉がある」·····あなた方がお題目のようにこんな言葉を唱える前から、我々は知っていたのです」
複眼に私の顔がいっぱい映っている。
「あなた方が知っている生命はおよそ175万。しかし幸いにもあなた方に見つかっていない生命はそのおよそ15倍」
緑色をした爪が目の前に突き付けられる。びっしりと小さな産毛が生えた、薄緑色の鉤爪。
「もう、いいでしょう」
穏やかな声だが、静かな怒りを孕んでいる。
「この星の生命の頂点としての繁栄を、もう十分楽しんだのでは?」
蜜を吸う為の口吻が小刻みに揺れている。
「あなた方が理不尽に弄んだ我々の命·····返して下さいとは言いません。ただ·····もう終わりです」
背中の羽根が、鱗粉が、きらきらと輝いている。
「命に大小の差はありません。あなた方の尺度で測る時代は、もう終わりです」
ぐ、と複眼の目が間近に迫る。
鉤爪のついた腕が大きく上がる。
そこで·····私の意識は途切れた。
END
「小さな命」
あなたを愛してる。
あなたに恋してる。
愛してると恋してる。何が違うんだろう?
愛と恋とは違うもの、とはよく聞くけれど、実は違いがよく分からない。
恋は堕ちるものという表現がある。
愛はどうなるものなんだろう?
私が好きなのは某漫画にあった「心を受け取ると書いて愛と読む」という台詞。
もしかしたら、一人でするのが恋で、その恋心を受け取って愛になるのかもしれない。
なんてね。
結局分かんないや。
END
「Love you」
花の芽吹きと微睡みを促すあたたかさ。
大地を枯らし焼き尽くす苛烈さ。
どちらも太陽の真実だ。
私はそのどちらも、好きで好きで、たまらなかったんだ。
穏やかに微笑む彼のあたたかさに見惚れた。
怒りと憎悪に燃える瞳に息を飲んだ。
どちらも彼の真実で、彼の感情が自分に向けられていることに、私は昂揚したんだ。
イカロスの物語を知っているかい?
イカロスはそうとは知らずに太陽に近付き過ぎて堕ちてしまったが、私は·····知っていたんだ。
太陽に近付き過ぎるとどうなるか。
あの熱を間近で感じるとどうなってしまうのか。
それでも·····彼の近くにいたいと思ってしまった。
私は傲慢で、強欲だった。
自分は彼も、彼女も、あの方も、失わずに済むと思い込んでいたんだ。
うん。今になって気付いたんだよ。だから――。
「もう、会わないんだ。そう言って、あの人は湖に帰っていきました」
少女の小さな呟きは、誰に聞かれるともなく白い床にぽつんと落ちて、やがて消えていった。
END
「太陽のような」