明里

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2/4/2024, 5:46:52 PM

舞台の裏側の
冷たい鉄の階段をあがっていくと
はるかな果ての景色に
あの日のわたしを見た気がした

紳士と淑女が派手な衣装で
あちこちで魅惑的な円を描く
時の壁に隔てられた異世界から
全てを繰り返す人々に背を向けると
頬杖をついて微笑むシルエットに
静かな雨が寄り添う

喜びの 怒りの 涙の
主張の 観察の 予想の
入り混じるヒトノヨノ
ざわめきと活気と
不安と安らぎと
入り混じるヒトノヨから

“随分遠くに来てしまったなあ”
古い楽譜を取り出すと
へっぴり調子なピアノの音がする
忘れられた優雅さはしばし息を吹き返す
窓をつたう水滴の音
白い陶器の緑の葉っぱ

喧しいヒトノヨに
めまぐるしいヒトノヨへ
どうしようもないヒトノヨは
どうにかなるようなヒトノヨが
ヒトノヨノ中の人のように
そっと僅かに手で触れた







1/28/2024, 3:40:39 PM

帰宅ラッシュの通りを走る
立ち並ぶ蜃気楼のビルディング
今と昔と未来が交差する
古い家が消えた更地
閉じられた玄関
まだ馴染めないでいるタイルには
新築の立て看板

細い路上に向かう
古い雑居ビルの繁華街
楽しそうに行き交う異国の人々

雨に濡れた舗道を越えて
コンビニ前に駐車する
湯気に煙るレジの前
並んだ知らない単独の人々

道路工事 バス停 花屋
古い書店 下校中の学生
タクシー 路線バス

石ころを蹴るすねた子供
自動販売機と路上駐車

消えて出来て 出来て消える

蜃気楼のビルディング
リフォームされた街の幻
どこに いつ 誰が?
誰が そうして どう?
いつまで いつから

そんな世界にいつもいる
そんな世界を佇んで眺めている

ゼンマイ仕掛けのような
社会のやまない流れのどこかに
そっと天使が舞い降りて
長く白い百合を一輪世に手向けると
光に包まれた誰かが
この町でも多分どこかでも安息の眠りについた





1/24/2024, 12:29:56 PM

“逆光”


台所のカウンターの上に
カーテンから溢れる優しい光を浴びて佇む
頼りなげなでも毅然とした
ほかほかの柔らかいシルエットを見た
きみは長く生きたヨモネコ
お日様とレースの波長で
何でも知っている顔をして
いつもの場所で黙って座ってる
妖精のようなヨモネコ

1/24/2024, 7:13:47 AM

“夢の中で”

白く染まった町を通るときに
時代の変わり目に朽ちていく
古い家々を眺める
心の中で みんな大丈夫?みんな
時の流れの中に消えかけていた
風景が再び活動を始める

枯れ葉に埋もれた誰かの玄関ポーチ
錆びていくだけの庭先のスクーター
何ヶ月も動きを見せない郵便受け
気付かれずにいなくなりかけていた
見知らぬ人々に呼びかけた

あちこちで動きが始まる
廃墟の店先にのれんが戻り
温かい湯気が再び立ち上る
眩しそうな目をして朽ちかけた家から出て来た
ほうきを持った人々が
再び生命を繋ぐための活動を始める

やがて雪に埋もれ枯れ葉に埋もれ
砂にまみれ土にまみれ死んでいた家々に
花が咲きそこから鮮やかな色彩が広がる

家に戻りベッドに横たわると
蒸気でくもった窓ガラスに
だれもか最後には行きたがる
あの光景が広がっていた気がした
もし必要ならいつだってそばにいて
君を待ってると言わんばかりに
美しい巻き毛の横顔がこちらを見ていた
部屋の天井を見ながら静かに目を閉じると
同じように誰かに優しい他の誰かが
いつだってまた違う場所のそこにいる

1/22/2024, 7:34:45 AM

“特別な夜”

いつも通りに、毎日、変哲の無い、平和な、変わりなく、
今夜もまた繰り返す 何年も

明けては暮れて 眺めては白ずんで
数えては過ぎ去って いつも誰にでも等しく来る

ニュースが誰かを写している
厳しい顔 悲しい顔 嬉しい顔 笑った顔
誰しもがやるせなさを抱えながら
また今日もほとんど無力な日が暮れる

たまには夜中に庭に出て青白く光る雪と戯れる
誰も居ない まだ足跡さえついていない生まれたての雪の
しゃくしゃくした音をつかんで脳裏に浮かぶ思い出を形にする 夢遊病のように老婆がうつろな顔で真夜中に歩いてくる
一瞬妖怪と間違えて息をのむ
これでも私はたいていの場面でレディだ
でもそんな日もある

だれも知らない駅前の通りをあてもなく歩く
ショーウインドウの景色を楽しみながら
ワゴンのシューズに立ち止まる
知らない人が話しかける 誘われてご飯を食べる
知らない人の連れの容態を気にかける
不思議なコンビ状態に適度な時を見計らい
別れを告げて通り抜ける
これでも私は非社交的な人見知りだ
だけどそんな日もある

昔の知り合いと借りたウイークリーマンションにいた時は
クリスマス間近の夜に子猫がやって来た
夜中にコンビニに出かけ夜食を買い込み
当てのない人生に途方に暮れてながら
玄関の前でカードキーを取り出したとき
同じように痩せ細って帰る当てのない野良猫が
こちらを見上げて微笑んでそのまま家族になった
行く当ての無い二人でコンビニのチキンを食べた
当時の私はイヌ派のネコ嫌いだった
しかしそんな日もある

後になれば全てが特別だとわかる
毎日が特別のパレードで
自分がどれをピックアップするかの違いなんだと
いつもそこにあるのに
見過ごされて粗末になりがちな
可哀想な数多の夜達に思いをはせると
ほお杖をついて遠い目をしたその顔の
上空に広がる星の夜空が
世界の広さと丸さを示していた


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