もしも今日も夕焼けが綺麗だったら、君に今度こそ写真を送ろうと思っていたのですが。生憎の曇りでした。
でも思ったよりも青くて、綺麗な曇りでした。それを写真に撮るのはもったいない気がしたので、あなたの分まで目に焼き付けておきます。
いつか君と一緒に空を見るのを、楽しみに待っています。
cloudy
虹の架け橋
虹の架け橋、と聞いて多様性について考えてしまうのはテレビやSNSに脳がやられているのだろうか。虹を渡った先に何があるのか、なんてかわいらしいことを考える余裕は、もう、ないみたいだった。
多様性という言葉がある事自体が間違っているのではないかとすら思ってしまう。世の中にはたくさんの考えがあって当然なのだ。
──普通とはつまり、多様性のことだよ。
とは誰の言葉だったか。そういうことなんだと思うけど。僕が一つ大切にしたいのは、個性や多様性を免罪符にしてはいけないということだ。結局は個人に善悪の判断は委ねられているのである。
虹の架け橋が繋がって、みんなが虹色に濁って、ルールが統一されたとして、そこに個性はあるのだろうか。そこに、善悪の自我はあるのだろうか、と僕は不思議なのである。
そして
ああ、やめて、石を投げないで。僕の好きは、そんなにダメなものでしたか?
【既読のつかないメッセージ】
今時は本当に素晴らしいと思う。学校を卒業して関わりがなくなったとしても、様々なアプリでつながることができるのだから。
会わなくなってもテレビやアニメなんかの話をしたり、今日見つけたガチャの話とか色々したりしていた。
11時まで話すこともザラにあった。それは過去の履歴が証明している。くだらなくて、尊くて、あっさりと忘れてしまうやりとり。そしてきっと、もう彼女とそれらをすることはないのだ。
ある日、既読がつかなくなった。
別に数週間つかないこともあったので大して気にしていなかったが、一月がたっても、半年たっても、既読がつくことは無かった。他の友人やクラスメイトからのメッセージが溜まっていく中で、彼女のアイコンが下に沈み込むのがやけに寂しかった。結局、話したいと思うのは彼女にだけだったので。
空が綺麗だと思って、それを見せようと思ってメモにしまい込む。ふと気づいたことがあって、それを言おうと思ってメモにしまい込む。そんなことを繰り返していた。
嫌われたのだろうか。なにか、悪いことをしたのだろうか。私には何も分からなかった。
画面をスワイプして一番下にある見慣れた彼女のアイコンを見る。何度見たか分からないアイコンだ。見慣れていて当然なんだけど、今まではそんなことなかった。彼女はころころとアイコンも背景も変えるので、今このアニメ見てるんだとかわかりやすい子だった。彼女のせいで何度無駄にガチャを引いたか分からない。
そのアイコンがもうずっと変わっていないのだ。嫌な可能性に、じわりと汗が滲む。
『映画、見に行った?』
今更見たところで何のメッセージだと思うような私が送った最後の言葉。その頃は丁度彼女が好きなアニメの総集編が映画になっていた。もしも行っていないのなら、一緒に行こうと誘うつもりだった。
既読は未だつかない。
もう、次の言葉は言えない。
「秋色」
秋色、と言われると真っ先に思いつくのはモミジやイチョウといった紅葉樹である。秋になる度にモミジの色が悪いと文句を言う祖母がうざったらしくて、秋になる度にそれを思い出してしまうのもムカつく。しかし確かに祖母の家のモミジは日の丸のように赤かった。それも含めて嫌な気持ちの向けようがなくてモヤモヤとする。
今日は紅葉が綺麗な川に、家族でモミジ狩りに来ていた。しかし、山に登るのもめんどくさい、と、河原でみんなして石をいじっていたのだ。今いくつだよ。と思うがまぁしかたない。私もなんとなく石を眺めていたがそこに突然母が駆けてきた。
母が私に見せたのは丸い石だった。卵石見つけたからあげる、とにこにこの笑顔で言われて、私はおとなしく受け取った。なるほど卵みたいな形だな。と、冷静を装って考えるが、どうも胸のあたりが晴れやかというか、何かがこみあげてくるようだった。
そのとき、赤だけでない、黄や橙やきっと茶色も混じった山並みが目に入って、この鮮やかな気持ちを、秋色と呼びたくなったのだ。
もしも世界が終わるなら何をする? ていう、意味分からなくて、定番な問いかけ。そんなのいつかわかんないんだから、何となく生きて、なんとなく全人類くたばっていくんだろうなって思う。
だから、考える必要なんてない。でも、目の前の君に、今聞いてみたいと思うのは我儘だろうか。
きっと明日も世界は回る。
マントルを中心に空が、太陽を中心に星が、銀河を中心にまた別の銀河が、回る、回る。
その営みはきっと果てしなくて、私の前に訪れたちっちゃな終わりなんて、何の意味もないのだ。
ゴールデンウィークが終わって、みんなダラダラと学校生活を再開したある日のこと。梅雨の近づく湿った教室は、葉桜からのぞく木漏れ日よりも少しどんよりとしていて、ちらちらと騒がしい。
その騒音と日陰の煩さに聞き逃してしまえばよかったのに。
消えたいだなんて君は言った。
その声に、私は顔を上げてしまった。
「手伝ってほしい」
普段はそっけないくせに「ズッ友だよね」「ニコイチだよね」なんて。ウザいよ。どんなツンデレだよ。でも私にはそんなこと言えず、断ることもできず。
「なにそれ一緒にしねっていうの?」
そんな、苦し紛れの一言で今日は最後の日になってしまった。
それからの授業はずっと上の空で、君のことを考えていた。
君は青が好きだった。
気がついたら空に手を伸ばしていて、海ではすぐに遠くに行ってしまうから、貝殻を踏んづけて追いかけていた。怖い海にもなんとか入って、後少し。そんなときに君は海に背を預けた。あのとき君は、何を思っていたのだろうか。
放課後、「バイバイ」と君は言った。これで何もなかったことになるだろうかと思えるわけもなく、私は君の袖口を掴む。
「こんな手伝いしたくないでしょ」
「ちょっと待ってよ、タピってからにしない?」
「……本気でついてくるつもりなの?」
「流石にあの世まではいかないよ」
本当は行かないでって言いたかった。でも、それって言っていいんだろうか。死ぬ権利については道徳でも習うことだ。安楽死制度だって外国にはある。
死ぬのは悪いことなのだろうか、そもそも生きるってなんなんだ。分かるわけがない。もっと無邪気に善悪を決めて
『君が悪いよ』
『私悪いね』
なんてやり取りでこの地獄が終わってしまえば、いや、それはキモいか。
こんなジレンマだよ。もう、私はどうしよう。
今日が最後の日になってしまう。
君は青が好きなんだ。
気がついたら空に手を伸ばしていて、海ではすぐ遠くに行ってしまう。でも、私は止められない。一緒に行く勇気もない。
突然空に背を預ける君は、何を思っているんだろうか。
「ねぇ、もしも世界が終わるなら、何する?」
「ん〜今日みたいにタピオカ飲んでるんじゃない?」
「それ、私発案じゃん」
「じゃあきっと君と一緒にいるんだよ」
「……なにそれ」
じゃあずっと一緒にいてよ。生きててほしいなんて言わない。死んでもいいから、一緒にいてよ。そういえばよかった。死なないでなんて、そんなこと言っちゃいけないって思うなら。一緒にいてほしいって気持ちだけでも言えばよかった。
「じゃあ、バイバイ」
ちょっと待ってよ。もう少し日常を私に頂戴。君の笑顔も涙もきっと、もう、使わないんでしょう?
なんて、君には当然届かない。
君は落ちる。青すぎる海に。
私はかける。階段を下に。
ああ、君はもういない。
今日は最後の日
きっと明日も世界は回る。私の頭の中を君を中心に後悔が、マントルを中心に空が、太陽を中心に星が、銀河を中心にまた別の銀河が、回る、回る。
もしも世界が終わるなら、私は一人で、タピオカを飲んで、ちょっと後悔をしながらくたばっていくんだと思う。きっとその日もくるくると回る。回っている。