ひなまつり
地域の公民館でひなまつりが行われていた。いろんな家から集められた雛人形や、おばさま方の作ったさげもんが、所狭しと飾られている。
そんなことは君には関係ないようで、飄々でした横顔で赤い舌をのぞかせた。
「マルキラの話をしよう」
「……なに、それ」
「マルキラは旅人なんだ。星くずを集める仕事をしてる」
自分はそんな作り話が楽しい年齢でもないのに、君は語りだした。裾の長いコートも相まって君の姿はひどく浮いていて、僕は居心地が悪かった。
「星くずはただの石と変わらない見た目で、そこにあったって何ら問題はない。でも、マルキラはそれを集める」
どうしてだと思う?とでも言いたげに君は目を細める。考えるのが面倒くさかった自分は肩をすくめた。
君はくすくすと笑って仕方がないものを見るような視線を自分に降らせる。
「別に何か作ろうってわけじゃないんだ。でも、マルキラはそれを集める。周りはこう言うんだ。『無駄だ』って、『もっと集めるべきものがある』って」
「……それじゃあ仕事になってないだろ」
「だけどマルキラはどうしても星くずしか集めない」
星の形をしたさげもんがエアコンの風に吹かれて揺れている。こんなに中も外も暖かいのに、人間とは我儘なもんだ。
「マルキラは葬儀屋だったんだ。でも、時代は進化して、遺体は燃やさずに有効活用できるようになった。技術的にも、倫理的にも。マルキラは仕事を失った」
いきなりのSFにどっと疲れが出る。なんだ、それではもうめちゃくちゃじゃないか。せめて星くずなんて呼称するなら可愛らしい話にすればいいのに。
「死んだ人は星になるのだと神は言った。勿論マルキラの知る神の話で、ほんとのところは分からないけど。葬儀屋のマルキラは遺体の始末を続けた。そのために星くずを拾い続けた」
神か、マルキラか、おかしいのはいったいどちらだろうか。なんて、だいぶ話が飛躍した。そんなことしなくても君の言いたいことは分かってるつもりだ。
君の手を強く握る。わざと力を込めないと、君は気づかないだろうと思った。
君が今何をしているのかは知らない。でも、いらないことはないんだって、自分は口にしない。ただ強く手を握る。
いくつもの弧を描く君の顔が自分の手以上に全てを物語っていた。
全く。女の子の日に立派な大人が何してるんだか。せめてこれからはきちんと人形を見よう。
心の片隅で
心の片隅にはたくさんのものが転がっている。ちぎれてくずころになった何かが積もって、その奥で虫けらが冬を越そうとしている。
この想いもあの想いも、そういうものだったのです。
やってしまえとソレは言いました。十歳か十四歳でした。私はそれすらよくわかっていないのに、ソレが何かを理解していました。
心の片隅で、ソレはひたすらにくずころを食べて育っていたのです。無視できないほど、大きく、大きく。
そして私の手を引いたのです。
やってしまおうと思いました。
どうせあなたには何もないのです。あなたの心の片隅にはソレの居場所はないのです。片隅には何も残らないのです。
それでもソレはバカなので、あなたを信じていた。
私は信じれなかった。それこそが自分をも身くびる行為だと知らなかった。
ねぇ、ちょっとお話いいですか?
落ち葉の道
家族で、花壇が有名な公園に行ったことがある。人間は乗れない観覧車とかただっ広い芝生とかがあったのだけれど、私の興味は小さな小川一直線だった。なにせメダカが泳いでいたのだ。仕方ない。
そうして小川を見ているうちに、この川は一体どこから来るのかということが私は気になってくる。そうして私はちょろちょろとした小川をたどって緩やかな坂を登っていった。登るうちに小川の本流と再会する。そこはすでに森の中で、大量の落ち葉が道を埋め尽くしていた。いや、落ち葉が多すぎて地面が見えなかっただけで、そこに道はなかったのかもしれない。
その川にはほぼ黒くなったボロの橋がかかっていて、私は子供ながらに胸を躍らせ、その先に進むのである。川の流れのそばを道がある方へ歩く。木に何か箱がかかっていたのを見るに、それなりに人が入っているらしかった。そして道は下り出す。その頃は雨の後だったのか落ち葉が濡れていて、足をとられそうだったのを覚えている。
足を滑らすのが怖くて私が足を止めていると、「こわかぁないよ」と人の声がした。直ぐ側には染めたような黒髪の老婆が立っていた。足元には私と同い年くらいの子供もいる。
「こわかぁないよ」と、子供が老婆を真似て言うので、私は「こわかぁないの?」と恐る恐る尋ねた。
今更になって思うことだが、老婆や子供は一体何を怖くないと言っていたのだろうか。濡れた落ち葉の下り坂を歩くことか、それとも老婆たち自身のことか。今となっては確かめる術はない。
「大丈夫、怖いものは怖いと思う者に来る」
私の問いかけに老婆はそう答えて「ほら」と言った。子供も「ほら」と繰り返す。
「怖いのならここから先へは行けないね」
私はわけが分からなかったが、とにかく足を進めることにした。滑るときはそのときだといつものように足元を見ながら足を進めて下り坂を終えたあたりで、私は顔を上げた。
私は森の外に来ていた。あり得なかった。すぐ足元にちょろちょろと小川が流れている。私が入ってきたところだ。こんなもの、私が体の向きをそっくり変えていないとありえない。私は何が何だか不安になってきて、芝生でシートを敷いて待っているらしい母のもとに急いだ。
私があの落ち葉の道を歩くことは二度とない。
君が隠した鍵
一人では何も始まらないということはきっとみんながみんな知っていることでした。当然、一人で砂をいじっていた僕は何もできないわけです。そこに君がやってきたのです。
いろんなことを知りました。それは遊びだったり、物の名前だったり、ルールだったりしました。でも一番不思議なのは気持ちでした。僕は楽しいを知りました、嬉しいを知りました。そして寂しいも悲しいも知りました。僕の中に閉じ込められていた気持ちに君は次々と鍵を差し込んでいきました。
そういうことがあって僕は僕になったのです。
でも、僕の中にいつまで経っても開かない気持ちがありました。君のことを思うと内側からどんどんと僕を叩くのに、その気持ちの扉は開きませんでした。
いつしか君は一人じゃなくなりました。僕と会うことはなくなりました。君は、君の扉を開けてくれる人を見つけました。
ずっと開かなかった気持ちはもう、扉を叩くことはありませんでした。
ねぇ、君が隠した鍵は、一体何の扉を開けるためのものだったのですか? もしかしてそれを開けてしまうと、僕は僕ではなくなってしまうはずだったのでしょうか。
あの小さな背中に聞いてみればよかった。
君が開けた幸福の扉の先に僕が行けないとしても、僕は君のことを忘れられないと思うのです。君のせいで僕の中身は殆ど空っぽなので。
祈りの果て
折れてない折れてないという祈りの果てに、結局は骨折していた。
そんなおりに「祈ると折れるって似てるね」と言われたのでちょっとキレた。これは仕方ないと思う。
でも俺は知っている。お前が一番心配してるってことを。
さり気なく俺の荷物を持って移動教室を始めるお前に、「速い」って文句を言いながら松葉杖をつくんだ。
そしたらお前はこう言う
「早く出発しないと授業に間に合わないだろ」
好きじゃない、好きじゃないとずっと祈っていた。初めて会ったその時にお前だけはダメだって思ってたから。
「笑うなよ、俺が大変だってときに」
「は〜? 八つ当たりキツくね?」
止めて、その笑顔を向けるなよ。
祈りの果てに、俺はきっとまた恋に落ちた。