愛があれば何でもできる?
「ふ〜ん、お前も疲れてんのな。まぁ死にたくなったら呼んでよ。俺も一緒にいってやるから」
幼なじみの男はにべもなくそう言った。欄干にひじを置いて海を眺める横顔は、あまりにもすっとしていて空恐ろしくもあった。しかし俺が知る限りいちばん暖かい表情だ。生温いだけで、本当の情があるかなんて分かりゃしないが、この男は俺を拒むことはしなかった。
『死にたい』なんてラインを送れば、すぐに駆けつけてくるような変わった男だった。そして俺を連れ回してはゲーセンで写真を撮ったり、洒落たカフェでラテを頼んだり、そういうくだらないことをして、「どうやって死ぬ?」と晩飯でも聞くみたいに首を傾げる。その頃には俺は大丈夫になっていて、「気分じゃなくなった」と返事をする。幼なじみは「そっか。じゃ、次も呼べよ」と言った。「待ってるから」とソイツはいつも言う。その通りに彼はずっと俺を持っているみたいに、すぐにラインに既読をつけた。
「死にたい」と言って幼なじみと遊ぶだけの日を過ごすことを俺は何度も繰り返した。その度一応俺は本気だったけど、こう何度もキャンセルされてはたまらないだろうなと思った。しかし、男は嫌な顔一つしなかった。
「なぁ、なんでこんな死なねぇやつを待ってんの? そもそお前は俺と死んでいいわけ? ……ほら、彼女さんできたんだろ……?」
「どうだろうね。でも、俺はリンと会えたのが人生でいちばん幸せだったから、死ぬときもきっとそうなんだと思うよ」
「ふ〜ん」
バカな幼なじみだった。きっと俺よりいい人間に何人も出会っているだろうに、ソイツは考えを改めなかった。しかし、そんなコイツがいたから俺は今まで生きているのだろうと、この欄干の向こう側にひしひしと感じる。
あの男は死んだ。例の彼女に腹を刺されて、少し時間をかけて死んでいった。女の方も死のうとしたらしいが、それはアイツが呼んだ警察が必死に止めたらしい。そうか、アイツも警察を呼ぶなんて事が出来るんだな。
線香をあげに久しぶりに行ったアイツの家で、その母は立ちつくす俺に独り言をたくさん零した。『もともと変わった子だったけど、「そっかぁ」なんてぼやいて、あそこまで幸せそうに死ぬとは思っていませんでした』とか。そうか。死ねたら俺じゃなくてもよかったのか。
これからも俺が「死にたい」と思わないことなんてないが、それ言う相手はいない。アイツが先に死んだのに、俺が死ねばアイツとの約束を破る気がして、行動に移しはしなかった。それでももう死が怖いわけではない。天国でも地獄に行ってもアイツはいる気がして、それならいいかと思えてくる。あの世なんてあるわけないのに。
この年にもなって結婚とはできなかったが、スピーチは絶対俺だの宣っていたソイツがいないのだと納得して、結局はアイツを理由に生きている。こうやって最後まで俺を生かしたのは、さっさと死んだ幼なじみだ。アイツは、こうなることを見越していたのだろうか。
虚無が俺に迫ってくる。何も怖くはない。だってこの先には何もないのだから。仮にあったとしても、その先ではアイツが笑っているのだから。
しっかりと目を閉じよう。
アイツと会えたことが、俺は人生できっといちばん幸せだった。
カラフル
君がいたんだ君が傷んだ君を傷んだ
忘れてしまったよ何もかも
埃が積もらない日々の事
本棚の上君が書いた3つの点、僕の笑顔だって不格好だ
君がいたんだ君はいたんだ君は傷んだ
いたんだ傷んだ悼んだ異端な君は
いつか
死んで死んで死んでしまうってわかってて
いたんだいたんだいたんだいたんだ君は
確かにここに
いたんだ
……なんて、すがってしまう僕も異端だ
おかしいことだけが確かだった
僕も君のいない日々も 埃の積もった本棚の上
笑いあって、いたかった
ひなまつり
地域の公民館でひなまつりが行われていた。いろんな家から集められた雛人形や、おばさま方の作ったさげもんが、所狭しと飾られている。
そんなことは君には関係ないようで、飄々でした横顔で赤い舌をのぞかせた。
「マルキラの話をしよう」
「……なに、それ」
「マルキラは旅人なんだ。星くずを集める仕事をしてる」
自分はそんな作り話が楽しい年齢でもないのに、君は語りだした。裾の長いコートも相まって君の姿はひどく浮いていて、僕は居心地が悪かった。
「星くずはただの石と変わらない見た目で、そこにあったって何ら問題はない。でも、マルキラはそれを集める」
どうしてだと思う?とでも言いたげに君は目を細める。考えるのが面倒くさかった自分は肩をすくめた。
君はくすくすと笑って仕方がないものを見るような視線を自分に降らせる。
「別に何か作ろうってわけじゃないんだ。でも、マルキラはそれを集める。周りはこう言うんだ。『無駄だ』って、『もっと集めるべきものがある』って」
「……それじゃあ仕事になってないだろ」
「だけどマルキラはどうしても星くずしか集めない」
星の形をしたさげもんがエアコンの風に吹かれて揺れている。こんなに中も外も暖かいのに、人間とは我儘なもんだ。
「マルキラは葬儀屋だったんだ。でも、時代は進化して、遺体は燃やさずに有効活用できるようになった。技術的にも、倫理的にも。マルキラは仕事を失った」
いきなりのSFにどっと疲れが出る。なんだ、それではもうめちゃくちゃじゃないか。せめて星くずなんて呼称するなら可愛らしい話にすればいいのに。
「死んだ人は星になるのだと神は言った。勿論マルキラの知る神の話で、ほんとのところは分からないけど。葬儀屋のマルキラは遺体の始末を続けた。そのために星くずを拾い続けた」
神か、マルキラか、おかしいのはいったいどちらだろうか。なんて、だいぶ話が飛躍した。そんなことしなくても君の言いたいことは分かってるつもりだ。
君の手を強く握る。わざと力を込めないと、君は気づかないだろうと思った。
君が今何をしているのかは知らない。でも、いらないことはないんだって、自分は口にしない。ただ強く手を握る。
いくつもの弧を描く君の顔が自分の手以上に全てを物語っていた。
全く。女の子の日に立派な大人が何してるんだか。せめてこれからはきちんと人形を見よう。
心の片隅で
心の片隅にはたくさんのものが転がっている。ちぎれてくずころになった何かが積もって、その奥で虫けらが冬を越そうとしている。
この想いもあの想いも、そういうものだったのです。
やってしまえとソレは言いました。十歳か十四歳でした。私はそれすらよくわかっていないのに、ソレが何かを理解していました。
心の片隅で、ソレはひたすらにくずころを食べて育っていたのです。無視できないほど、大きく、大きく。
そして私の手を引いたのです。
やってしまおうと思いました。
どうせあなたには何もないのです。あなたの心の片隅にはソレの居場所はないのです。片隅には何も残らないのです。
それでもソレはバカなので、あなたを信じていた。
私は信じれなかった。それこそが自分をも身くびる行為だと知らなかった。
ねぇ、ちょっとお話いいですか?
落ち葉の道
家族で、花壇が有名な公園に行ったことがある。人間は乗れない観覧車とかただっ広い芝生とかがあったのだけれど、私の興味は小さな小川一直線だった。なにせメダカが泳いでいたのだ。仕方ない。
そうして小川を見ているうちに、この川は一体どこから来るのかということが私は気になってくる。そうして私はちょろちょろとした小川をたどって緩やかな坂を登っていった。登るうちに小川の本流と再会する。そこはすでに森の中で、大量の落ち葉が道を埋め尽くしていた。いや、落ち葉が多すぎて地面が見えなかっただけで、そこに道はなかったのかもしれない。
その川にはほぼ黒くなったボロの橋がかかっていて、私は子供ながらに胸を躍らせ、その先に進むのである。川の流れのそばを道がある方へ歩く。木に何か箱がかかっていたのを見るに、それなりに人が入っているらしかった。そして道は下り出す。その頃は雨の後だったのか落ち葉が濡れていて、足をとられそうだったのを覚えている。
足を滑らすのが怖くて私が足を止めていると、「こわかぁないよ」と人の声がした。直ぐ側には染めたような黒髪の老婆が立っていた。足元には私と同い年くらいの子供もいる。
「こわかぁないよ」と、子供が老婆を真似て言うので、私は「こわかぁないの?」と恐る恐る尋ねた。
今更になって思うことだが、老婆や子供は一体何を怖くないと言っていたのだろうか。濡れた落ち葉の下り坂を歩くことか、それとも老婆たち自身のことか。今となっては確かめる術はない。
「大丈夫、怖いものは怖いと思う者に来る」
私の問いかけに老婆はそう答えて「ほら」と言った。子供も「ほら」と繰り返す。
「怖いのならここから先へは行けないね」
私はわけが分からなかったが、とにかく足を進めることにした。滑るときはそのときだといつものように足元を見ながら足を進めて下り坂を終えたあたりで、私は顔を上げた。
私は森の外に来ていた。あり得なかった。すぐ足元にちょろちょろと小川が流れている。私が入ってきたところだ。こんなもの、私が体の向きをそっくり変えていないとありえない。私は何が何だか不安になってきて、芝生でシートを敷いて待っているらしい母のもとに急いだ。
私があの落ち葉の道を歩くことは二度とない。