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 もしも世界が終わるなら何をする? ていう、意味分からなくて、定番な問いかけ。そんなのいつかわかんないんだから、何となく生きて、なんとなく全人類くたばっていくんだろうなって思う。
 だから、考える必要なんてない。でも、目の前の君に、今聞いてみたいと思うのは我儘だろうか。

 きっと明日も世界は回る。
 
 マントルを中心に空が、太陽を中心に星が、銀河を中心にまた別の銀河が、回る、回る。

 その営みはきっと果てしなくて、私の前に訪れたちっちゃな終わりなんて、何の意味もないのだ。


 ゴールデンウィークが終わって、みんなダラダラと学校生活を再開したある日のこと。梅雨の近づく湿った教室は、葉桜からのぞく木漏れ日よりも少しどんよりとしていて、ちらちらと騒がしい。
 その騒音と日陰の煩さに聞き逃してしまえばよかったのに。
 消えたいだなんて君は言った。
 その声に、私は顔を上げてしまった。
「手伝ってほしい」
 普段はそっけないくせに「ズッ友だよね」「ニコイチだよね」なんて。ウザいよ。どんなツンデレだよ。でも私にはそんなこと言えず、断ることもできず。
「なにそれ一緒にしねっていうの?」
 そんな、苦し紛れの一言で今日は最後の日になってしまった。

 それからの授業はずっと上の空で、君のことを考えていた。
 君は青が好きだった。
 気がついたら空に手を伸ばしていて、海ではすぐに遠くに行ってしまうから、貝殻を踏んづけて追いかけていた。怖い海にもなんとか入って、後少し。そんなときに君は海に背を預けた。あのとき君は、何を思っていたのだろうか。

 放課後、「バイバイ」と君は言った。これで何もなかったことになるだろうかと思えるわけもなく、私は君の袖口を掴む。
「こんな手伝いしたくないでしょ」
「ちょっと待ってよ、タピってからにしない?」
「……本気でついてくるつもりなの?」
「流石にあの世まではいかないよ」
 本当は行かないでって言いたかった。でも、それって言っていいんだろうか。死ぬ権利については道徳でも習うことだ。安楽死制度だって外国にはある。
 死ぬのは悪いことなのだろうか、そもそも生きるってなんなんだ。分かるわけがない。もっと無邪気に善悪を決めて
『君が悪いよ』
『私悪いね』
 なんてやり取りでこの地獄が終わってしまえば、いや、それはキモいか。
 こんなジレンマだよ。もう、私はどうしよう。
 
 今日が最後の日になってしまう。

 君は青が好きなんだ。
 気がついたら空に手を伸ばしていて、海ではすぐ遠くに行ってしまう。でも、私は止められない。一緒に行く勇気もない。
 突然空に背を預ける君は、何を思っているんだろうか。

「ねぇ、もしも世界が終わるなら、何する?」
「ん〜今日みたいにタピオカ飲んでるんじゃない?」
「それ、私発案じゃん」
「じゃあきっと君と一緒にいるんだよ」
「……なにそれ」
 じゃあずっと一緒にいてよ。生きててほしいなんて言わない。死んでもいいから、一緒にいてよ。そういえばよかった。死なないでなんて、そんなこと言っちゃいけないって思うなら。一緒にいてほしいって気持ちだけでも言えばよかった。
「じゃあ、バイバイ」
 ちょっと待ってよ。もう少し日常を私に頂戴。君の笑顔も涙もきっと、もう、使わないんでしょう?
 なんて、君には当然届かない。

 君は落ちる。青すぎる海に。
 私はかける。階段を下に。
 ああ、君はもういない。
 今日は最後の日


 きっと明日も世界は回る。私の頭の中を君を中心に後悔が、マントルを中心に空が、太陽を中心に星が、銀河を中心にまた別の銀河が、回る、回る。

 もしも世界が終わるなら、私は一人で、タピオカを飲んで、ちょっと後悔をしながらくたばっていくんだと思う。きっとその日もくるくると回る。回っている。

9/19/2025, 9:58:17 AM