アキヤ

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2/22/2025, 12:34:26 PM

 私が空を見上げる時、空は必ず泣いていた。
 今日もまた、薄暗くなった世界の始まりを見上げては、私はじっとその時を待つ。
 大粒の涙が顔に落ちては、頬を伝って地面を濡らしていく感覚がした。
 どんよりとした雲が真っ青な空を隠して、私には顔すら見せてくれないみたいだ。

「虹は雨と太陽からのプレゼントなんだよ」

 あの日の言葉が鮮明に思い出された。
 幼い頃のおぼろげな、けれども確かな記憶。
 虹というのは、泣いている空を励ますために、太陽が空へ贈ったプレゼントなんだ――なんて、当時の私は本気で信じていた。
 けれど光の屈折から発生する自然な現象だと知った今でも、私は雨が降る度につい空を見上げてしまう。
 雨が降るだけでは虹はできない。
 太陽の光が雨粒に反射することで虹は生まれるのだ。
 雨上がりの空に浮かぶ虹は、この世の全てを写し出している気がする。
 喜びの色、悲しみの色、驚きの色、怒りの色……それは、七色では数え切れないほど沢山の想いが詰まっているに違いない。
 虹は雨と太陽からのプレゼントだ――今ならこの言葉の本当の意味が分かる気がする。
 雨はそれまでの自分を洗い流してくれて、太陽がこれからの道を示してくれる。
 虹は私に、「大丈夫、仲間はいるよ」と広大な空の下で共に暮らす住人たちを教えてくれる。
 独りじゃないよと、上を向く理由をくれる。
 これをプレゼントと言わずになんと言うのだろう?

 こんなに堂々と語っている私を知ったら、あの人はきっと笑うに違いない。
 虹のように弧を描いた二つの目で、優しく私を抱きしめてくれるはずだ。

No.9【君と見た虹】

11/30/2024, 12:10:41 AM

 あつあつに温められたコンビニのおでん。顔の半分が埋まるくらいまてぐるくるに巻いたマフラー。少しせかせかしだす街の雰囲気。
 冬の空気を肺にいっぱい取り込んで、白い息と共に吐いてみる。
 冷たい空気が体を冷やす。
 ああ、冬がやってきた。
 つい昨日まではヒートテック1枚で外出できたはずなのに、今日はダウンまで着込まないと家から1歩も外に出ることが出来ない。
 私の大好きな季節が始まった。


No.8【冬のはじまり】

11/19/2024, 1:33:03 PM

 キャンドルの火が消えた。
 冬の夜。月灯りのない午前3時のことだった。
 なかなか寝付くことができずに、ぼーっと天蓋越しの揺れるオレンジを見つめていた時、ふっと暗闇が訪れた。
 普段なら使用人を呼んでキャンドルを変えるのだが、今日はなんだかそんな気分にもなれず、かと言って灯りのない部屋でぼーっとする気分でもなく、そっとベッドから身を起こした。
 天蓋を開けて窓の方へと歩を進める。
 当然、月なんて見当たる訳もなく、けれども漆黒の夜空には満天の星空が広がっていた。
 それはまるで、星々が一つ一つ、空に吊り下げられた小さなキャンドルのようで、吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な夜空だった。
「まぁ、こういう日も悪くないんじゃないかしら」
 ぽつりとこぼした一言は拾われることなく溶けていく。
 その言葉に肯定するかの如く、1番光り輝いていた星がきらりと瞬いた。

No.7【キャンドル】

9/2/2024, 10:48:59 AM

最初は小さな小さな炎だった。
誰も気づかないほどひっそりと、自分ですらも気づけないほどの小さな想いが心に芽吹いた。
――あの人と喋ってみたい。
小さな好奇心に突き動かされて、気がつけば、私は先の見えない霧の中へと足を踏み入れていた。
彼の言動に心が揺さぶられて、一挙手一投足にまで意味を見出そうとしていて。
けれども彼は私のそんな想いに気づくはずがない。
彼は当たり前のように私の前を通り過ぎる。それがどれほど私の心を乱しているのかも知らないで。

「きっと可愛いと思うよ」

彼はそんな言葉も忘れているだろう。
私が長年連れ添ってきたロングヘアに別れを告げて、バッサリとショートカットにしてきた日。彼は驚きで目を丸めていた。

「その髪、どうしたの?」

とっても不思議そうに聞く彼の顔を見て、私は確信した。
あぁ、この想いは一方通行なんだと。

No.6【心の灯火】

7/18/2024, 11:09:08 AM



「早苗、おはよう!」
「あ、おはよう凜々。今朝から元気だね」
「でしょ〜? 私元気が取り柄だから!」
 にこにこと笑う凜々は太陽のような笑顔を振りまいて、私の席へと駆け寄ってくる。
 真夏の朝はもうすでに空気を燃やし尽くしていて、エアコンの入っていない教室は、例えるならば地獄の暑さと言えるだろう。
「もうすぐ夏休みだよ……。でも休みに入っても1週間は課外あるから休みって感じしないな〜。早く遊びたい〜!」
 だらだらと愚痴を言っているうちに、ピッと音が鳴った。エアコンがついたのだ。
「あぁー神ぃ! ほんとに最近暑くて暑くて、やんなっちゃう!」
「そうだね。やっぱり夏だからしょうがないよ」
 あまり納得出来ていない顔をする凜々だが、あっと思い出したように机に手を置き、身を乗り出す。
「あ、そう、聞いて! 昨日の夜ご飯がアッツアツのうどんだったの! ありえなくない?! 真夏の蒸し暑い夜にあったかいきつねうどんとか!」
 憤慨する凜々はよほど不満があるのか、私の机をバシバシと叩く。しかし、騒がしい朝の教室はそんな音すらも飲み込んだ。
「えー、私は夏に熱いもの食べるの好きだよ? うどんもラーメンも鍋も」
「うそー、早苗って変人だ〜。私絶対ムリだもん……」
「そうかな? 意外とアリだけど」
 うげぇと引いた顔で見つめられると、本当に私がおかしいのか不安になってしまうから辞めて欲しい。
「まぁ、私の親も熱いものよく食べる変人だしなぁ」
「でしょ?」
 私はエアコンの効き始めた教室で、お気に入りのステンレスの水筒を取り出した。
 キュッと蓋を回すと、水筒から白い煙がたった。
「わ〜、すごい。どんだけ氷入れてんの?」
 凜々は物珍しそうに水筒を覗き込む。
「いや、これ熱い緑茶」
「へっ?!」
 とても大きな声だった。クラスメイトたちが思わずといったように振り向く。
「え……だから、熱い緑茶。夏に飲みたくならない?」
「アンタだけだよ!!」
 どうやら、私はやはり変人らしい。

No.5【私だけ】

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