苦しい日常の中に女神さまがいればな、って思うんだ。
君も思うだろう? そうだろう。
彼女は、見目麗しい。そして誰にでも慈悲深い目を向けられる。そしたらひとびとは救われると思うんだ。
そんな人が、職場にいたら僕はいいなと思うんだよ。
なんでかわからないけど!気持ちがかきたてられて!
では聴いてください!
「女神はそれ慈愛というんだぜ!」
丘のふもとは、暗くて気味悪く映った。
彼は足早に家を目指した。明かりが灯る白い家に着いた時、彼は安堵のため息を漏らした。
戸を開けると、大切な人が胸に飛び込んできた。彼が何も言わないので、不思議そうに彼女は見上げている。
彼は唐突に口角を上げ、その場にひざまずいた。
「たいせつにするから、結婚して欲しい」
「うん」
差し出した指輪など関係なく、彼女は覆いかぶさるように抱きついてきた。
あいつの分まで、そう思うが口には出さない。あいつはどこかで生きている、そう思って彼女、そして彼も暮らしてきたから。
夕食のときに彼女は思い出したように言った。
「先生からの手紙、まだ開けてないの」
彼は手を伸ばしそれを受け取る。
『お元気でしょうか?
また、戦が始まります
どうかご無事で』
彼は思わず外を見た。暗がりに、雷が落ちる音がした。
「好奇心そのものなんだ」
その呟きは私の耳にはっきりと届いた。
何度目かの休憩に入ったおじいちゃんは、背中につけた機械から酸素を送り込まなければ、死んでしまう。それでも元気に生活し、ときには外に出ることもある。私はその後をついて行き、不測の事態に備えなければならない。
誰もおじいちゃんを止めることはない。なので、私もそれについていくしかない。
最初はおじいちゃんに付き合わされて、私は何をやっているんだろうと思っていた。でも、だんだんおじいちゃんは何をやっているんだろうという疑問へと変わっていった。
公園に行く理由はなんとなくわかる。散歩のためだし、植物を見てるから。街に繰り出して、服を見たり、道の真ん中で立ち尽くしてみたりするのはわからない。
もう行くよ、と声をかけると、はっとして向き直る。
「おじいちゃん、道の真ん中で何してるの?」
「今の若い人って、どんな感じかなと思って……」
私は驚いて聞き返した。
「服装とか見てるってこと?」
いやいや、とおじいちゃんは頭をかく。
「服はやっぱりわからん。でも話してることは、面白いなと思って聞いてるよ」
「あきれた」
私は首を振ったが、カフェとか電車内で人の話を聞きたがる癖はおじいちゃん譲りなのだと、内心理解してしまった。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん、ありがとう」
おじいちゃんはふるふるとした背中を見せた。
「でも、ほんとうは、みきちゃんと過ごす時間が楽しくて」
「人身事故のため、運休」
アナウンスもなく置かれた看板に、一同ため息を漏らした。僕もその一人だったはずだが、内心嬉しかった。
会社に連絡を入れ、近くのカフェに向かった。
「こんにちは」
「え、どうされたんですか?」
彼女は目を丸くした。僕のスーツ姿を見たからだろう。
「電車止まっちゃって……。動くまでゆっくりします」
「大変ですね。ごゆっくりどうぞ」
彼女は店員の顔に戻ってお辞儀をした。
僕は休日に頼んでいる、トーストセットを注文した。
彼女は先にコーヒーと、トーストに塗るジャムやバターを、僕の前においた。
彼女に目を合わせようとしたが、そんな都合よくいかない。
トーストとサラダが運ばれ、僕はジャムを塗って食べた。
ジャムの甘さは僕の甘さ。
コーヒーはほろ苦く、僕の思いの行き所がない現状を表しているかもしれない。
彼女の目を気にせず、本を読んで過ごそう。たまに彼女のことを思い出すくらいがちょうどいい。
こんな時間がずっと続けばいいのにな。
その昔、愛と平和を歌ったアーティストがいたようだ。だれから馬鹿にされても、声を張り上げ、楽器をかき鳴らし、目の前の人に伝え続けたスリーピースバンド。
あなたたちのおかげで、私たちの世界は愛と平和に包まれています。愛と、平和を、教えてくれてありがとう。
私は祖父が遺した、CDを再生する機器を撫でた。
そして、この曲を教えてくれてありがとう、おじいちゃん……。