踊りませんか?
あの人と踊れたらどんなに素敵なんだろう、と少女は遠くから憧れの彼を見ていた。
とあるパーティーに招待された少女は会場に併設されたテラスで一休みしていた。
自分では到底届くはずのないキラキラした存在。
かっこよくスーツを着こなす今日は一段と輝いている。
『彼と踊れたら…なんて』
こんないち少女に、彼が振り向くとは思えない。
会場では、パートナーがいるカップルたちが音楽に合わせて楽しそうにステップを刻んでいる。
動きに合わせて、ドレスのスカートが揺れたり、くるくる回って蝶のように美しかった。
『せっかくお洒落したのになぁ』
落ち込みそうになる気持ちを振り払うように、彼らから目を逸らした。
『踊りませんか?』
振り向くと、憧れの彼のがそこにいた。
『えっ…と、でも…わ、たし』
突然のことにパニックになり、鼓動が早くなる。
しどろもどろになる少女に、彼は微笑んだ。
『お嬢さん、僕と一緒に踊りませんか?』
そう言って、手を差し出す。
これは夢なのか。
少女は勇気を出して自分の手を重ねる。
美しい満月が二人を照らしていた。
巡り会えたら
いつか、
一緒にいたいなと思える人に巡り会えたら。
いつか、
心の内を分かち合える人に巡り会えたら。
いつか、
いつか。
すべて、必要なタイミングで、自分の元に。
それまで焦らず、のんびり、歩んでゆこう。
奇跡をもう一度
神様、この子は何度苦しめばいいの?
『…残念ながら、意識が戻る可能性は限りなく低いかと…』
医師の言葉に頭が真っ白になる。
次の再会は、白く清潔な消毒液の匂いが鼻をかすめる部屋のベットの上だった。
どうしてこんなことになったのだろう。
あの日、いってらっしゃいと見送った。
いつも通り、いってきますと笑顔で出かけていった。
帰ってくる、と疑うことはなかった。
だって、いつも帰ってきてたから。
だから、知らない番号からの着信で、事故の知らせを受けたとき
心臓が止まりそうになった。
まだ上手く理解しきれていない頭で、とにかく早く行かなくちゃと、仕事も放り出して病院まで車を飛ばした。
今思えば、よくあの状態で事故なく病院にたどり着けたなと、思い返して苦笑してしまう。
ふと意識を戻すと、ピッ…ピッ…と規則的に鳴る音が耳に届い
た。
体に管が繋がれて、ベット脇にある機械モニターには波線や数字が表示されている。
波打つ棒線とゼロでない数字が、まだこの子が生きていることを証明してくれているけれど、あの日から変わらず、固く目を閉じたまま眠り続けていた。
もう何度も何度もここへきていた。
最初の方こそ、息もできないくらい、悲しくて泣いていたのに、
この状況に慣れてしまったとでもいうのか、今は涙も出やしない。
『一命は取り止めましたが、意識が戻る可能性は低いです』
医師の言葉が脳裏をよぎる。
生きてさえいればいい、と思っていた。たとえ目が覚めなくても。
でも、この子は果たして生きているというの?
『生きて産まれてこれるか、無事産まれても、そのあと生きられるかどうか』
あの時も、こんな風に言われてたっけ。
それでも、この子は生きた。生きて、私たちの元に産まれてきてくれた。奇跡だった。
そっと、頬を撫でる。
少し冷たいが、ほのかに暖かさを感じた。
生きている。
『意識が戻る可能性は…』
淡い期待を覚えるたびに、あの言葉が自制する。
僅かな可能性にすがり続けていくのは、あまりにもつらくて、苦しくて、悲しいから。
ああ、でも、それでも。
『もう一度、声が聞きたい。笑った顔が見たい。まだまだたくさん、この子と生きたいの…』
震えた声で名前を呼ぶ。
大切な子。たったひとりのかけがえのない、大切な、大切な。
奇跡は二度も起こらない。
それでも、信じたい。
あの日、この子が産まれてきてくれたのは奇跡だったの。
ああ神様、どうかお願いします。
どうか、どうか、奇跡をもう一度。
きっと明日も
きっと明日もいい日になるよ、と人は言って
きっと明日も変わらない苦しい日よ、と人は言った。
同じ人間なのにこんなにも。
希望か、絶望か。
キミはどちらを見ている?
静寂に包まれた部屋
夜。
真っ暗な部屋の中で静かに目を瞑る。
豆電球の光さえ眩しく感じてしまうから、部屋の中はいつも真っ暗だった。
音のない静かな空間に、自分の心臓の音が妙にリアルに感じた。
ドク、ドク、と動く心臓から送られる血液が身体中を巡ってゆく感覚。
心臓は、生まれてから一度も止まらないで動き続けているし、これが止まると人は生命活動を続けられなくなる、人間の身体の仕組みが不思議で仕方ない。
光のない苦しみの中にいたあの頃でさえ、ちゃんと動いてくれていた。
だから、今も自分はここにーーー。
静寂に包まれた部屋の中で、自分の“生”を感じて今日も眠りにおちてゆく。
朝の目覚めを夢見ながら。