別れ際に
『じゃあ、またね』
『うん、また』
別れ際に
いつも振り返って
手を振るのが癖だった。
寂しそうな顔してたからかな、キミはいつも笑って手を振りかえしてくれてた。
キミと過ごす時間がとても好きだから
もう少し一緒にいたかったなぁって
名残惜しかったのかもしれないね。
『じゃあ、またね』
『うん、元気で』
別れ際、
互いに言葉を交わして
背を向け歩き出す。
今度はもう振り返らないよ。
キミと過ごした時間はとても楽しかったけれど、
前を向いていくって決めたから。
名残惜しさなんてない、清々しい気分。
これからのことに胸が躍って笑みがこぼれた。
通り雨
一粒のしずくが頬を伝う。
雨だ。
天気予報では雨と言っていなかったのに。
次々と降ってくる雨粒に当たりながらも、急いで屋根のある場所まで走った。
『結構降るなぁ』
空を見上げると、さっきまでの天気はどこへやら、雨雲が頭上を覆っている。
近頃の運動不足がたたって、少し走るだけで息が上がる。
濡れた髪や服が気持ち悪い。何か拭くものを、と鞄を漁るも、今日に限ってハンカチを忘れた。
『はぁ』
全く、今日はついていない。
目の前をひと組の男女が通ってゆく。
ひとつの傘に二人で仲良さげに歩いていくのをぼーっと眺めていた。
恋人同士なのだろうか。羨ましい。
昨日までは隣を歩いていた人がいたのになぁと、彼らに自分を重ねてしまった。
目元が熱くなるのを感じて、ぽつりとしずくが頬を伝う。
音を立てて降る雨が、ひとりのこの空間の静けさをより感じさせた。
ひとりぼっち、取り残されたみたい。
『あれれ、こんなとこで雨宿りですかー?』
その声にパッと顔をあげると、にやけずらの友人がこちらを覗き込んでいた。
『なんでいるの』
『なんでって、たまたま通りかかっただけだよ』
『うそ』
じゃあなんで傘ふたつ持ってるの。
なんて、泣きそうになる。
『細かいことはどうでもいいじゃん。そうだ、今からスタバ行こう!新作、ずっと飲みたかったんだよね〜付き合って』
全く、こっちの気も知らないで。
相変わらずへらへら笑う友人に、何もかもどうでもよくなってしまった。
『全く、キミってやつはさ』
勢いよく立ち上がって、傘を奪って走り出す。
『いいじゃん!奢るからさー!待ってってばー!』
友人とふたり、雨の中へ飛び出していく。
隣を歩く友人の姿に笑みが溢れた。
雨はサッと降ってきてパッと上がっていった。
窓から見える景色
『窓からはどんな景色が見える?』
一足先に夕飯を食べ終えた姉は、スマホ片手にご飯を食べる弟に言った。
『心理テスト?』
『いや今日のお題。それより行儀悪すぎな』
弟は一日中スマホをいじっている。その大半がアプリゲームで、今やっているのは同じステージを周回してキャラを育てるシステムのゲームだ。
よくも飽きずにやれるなと姉は肩をすくめる。そのストイックさを他のところでも是非発揮してほしい。
『木の葉が落ちていく景色。最後の葉っぱが落ちたら、寿命がくるみたいな』
『あー、切ないやつね』
『でもあれさ、よくよく考えたら、また葉っぱつくじゃん。ってことはまた復活するんだよ』
『それめっちゃいい考え方じゃん!』
姉は目を開いた。
まさか弟からこんな話が出てくるとは思ってもいなかったから。
普段ゲームにしか脳がないのに。
『なんか友達が彼女と上手くいってなくて、「あの葉っぱが落ちたら俺も終わりだー」みたいなこと言ってたわけ。でも木ってまた葉っぱつくよなって何人かで喋ってたら発展してた』
それで励ましてたっと弟は言う。
なにその詩的な励まし方と姉はケタケタ笑った。
生い茂っていた木の葉は時の風に吹かれて散ってゆくが、いつだって新しい芽をその体に宿しており、いつか花が咲くかもしれない。
『木は木だろ。ただそこにあるだけで』
お風呂から上がってきた兄が口を挟む。
『また情緒もないこと言うー』
『人が勝手に意味を持たせてるだけだ。意味ばっかり考えてると疲れんだろうが。
葉っぱが落ちても、ただ落ちたって事実があるだけで、彼女と上手く行くか行かないかと全く関係ないから安心しろ』
『いや、俺じゃなくて友達の話なんだけど…』
兄は言うだけ言うと、スリッパをバタバタと音立てて廊下へ消えた。
人の数だけ見える景色があり、すべての人が同じ景色を見てるとは限らない。
でも、だからこそ盲目な状況にある人を気付かせたり、救えたりすることができるのかもしれない。
『そういう姉ちゃんは何が見えるの?』
『私?私はねぇ…』
景色は移り変わってゆく。
ずっと同じシーンではないから。
貴方が見る景色に光がありますように。
形のないもの
目に見えるものだけがすべてじゃないよ
わたしたちの周りには
たくさんの愛あるものがあるから
心を閉ざさないで
受け取ってみて
ジャングルジム
昇降口には、たくさんのランドセルが乱雑に置かれていた。
「早く行こうぜ!」
ランドセル地帯を前に佇んでいると、低学年の男の子たちがボールを持ってやってきた。
背中に背負ったカバンを投げ捨てるように、彼らは校庭へ駆けていった。
足の踏み場のないくらいのその地帯の中、わたしも自分のランドセルを置く。
大好きな水色で入学祝いに買ってもらったものだ。
親はピンクや赤を勧めたけど、わたしは水色が好きだからと選んだ。
隣に置いてる青色のランドセルと並んで、そこだけが小さな空ができたみたいで、ちょっと嬉しい。
ボール遊びをする男の子たちを横目に、わたしはジャングルジムを目指した。
校庭には他にも遊具があるけれど、うちの学校のジャングルジムは一際大きい。ジャンボ滑り台と呼ばれていて、高学年にならないと登って遊んではいけないと言われている。
厳しくルール化はされていないけれど、暗黙の了解になってるくらいには浸透しているっぽかった。
広い校庭を見渡すことが出来るジャンボ滑り台の頂上がわたしの特等席。
遊具で遊ぶ人、追いかけっこをする人、ボール遊びをする人、お喋りに夢中の人、放課後の校庭は生徒たちで賑わいでいる。
同じクラスの男の子たちもいた。
放課後は決まってドッジボールをしている。他のクラスの子や、女の子も混じって仲良さげに遊んでいた。
その中に、あの人もいる。
陽気でいつもふざけてるのに、優しい、みんなの人気者。
クラスの端っこの方にいるわたしにも、笑顔で声をかけてくれるけど、わたしは恥ずかしくて、いつも見てるだけ。
それで充分なくらい、彼の眩しい笑顔はわたしの心の中を満たすんだ。
ここからの見てるだけでいい。
下校のチャイムがなるまでの、私の秘密の時間。
キーンコーンカーンコーン。
下校のチャイムが鳴ると、生徒たちが帰り支度を始める。
わたしも滑り台から降りて、昇降口へ向かった。
ランドセルのところへ行くと、ドッジボールを終えた男の子たちがやってきた。
「帰り気をつけろよ!」
帰り支度をするわたしに彼が笑って言う。
「おーい、帰ろうぜ」
「おー!今行く」
彼は隣の青色のランドセルを掴んで、じゃあなと手をあげて走っていった。
彼のたったひと言がわたしの心を揺らがせる。
また明日。
帰ってゆく彼の背中に、わたしはそっと呟いた。