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5/16/2023, 12:11:14 PM

#愛があればなんでもできる?

「愛があれば」なんて嘘か。

大切なものは目に見えなくて、
愛なんて曖昧な言葉で、
想いを伝え合ってる。

曖昧なものは、脆くて、繊細で、
ちょっとの衝撃で簡単に崩れてしまうんだよ。

曖昧なものは、不安を伴わせる。
感情は目に見えないから。

言葉も行動も、偽れる。

だから、いつも疑ってしまうの。

それは本心?

そして求める。

私を満たして、と。

体が不調なとき、なぜ不調なのか原因が分からないから
より不安になる。

でも、分かっていれば対処の方法はある。

意味付けや原因がハッキリしているものは
少し安心する。

分からないが分からないままの状態が、一番怖い。

大切なものたちは、ふわふわしてて、掴めない。

生きることも
死ぬことも
時間も
気持ちも
愛も
思いも

見えない。
見えなくて、真偽も分からないから
想像する。

考えて考えて、でも分からなくて、正解がなくて。

「愛」を考えてる。

すべての事が良い面だけではないのなら、愛だってそうだ。

愛は平和か?幸福か?充実か?

はたまた、暴力か、刃か、憂鬱か。

「愛があれば、なんて嘘よ」と言う人は、
多分、心の奥底の、ほんの僅かな期待の中に
「愛されたい」という想いがあるんだと思う。

でも、臆病だから。
期待して、求めて、そうじゃなかった時に傷つきたくないから
壁を作って知らん振り。

みんながそうか分からないけど、私はきっとそう。

ネガティブなまま、世界を見て
いろんな物事のマイナスを見て、一番最悪を想像して、
冷めて、絶望してる。

悲劇のヒロインぶって、世界の、人間の愚かさを嘆いて
孤独ぶってる。

だって、その方が、余計に傷つくことはないから。
始めから最悪を想像していれば。
期待をすることをしなければ。
諦めていれば。

ダメージが少なくて済むから。

そんな世界は、悲しい?

でもね、私はこの翳りが、心地よい。

長年のネガティブ思考による洗脳かもしれないけれど、
少年漫画の主人公みたいな明るさは眩しすぎるんだ。

人々を照らす太陽のような、明るくて、笑顔が素敵で
「愛があればなんでもできる!」
「叶わない夢はない!」
そう信じて疑わない真っ直ぐな瞳が眩しすぎるんだ。

太陽は、近づきすぎては燃え尽きてしまうから
光も、強すぎるのは毒だ。

暗闇は、暗闇だからこそ、見える光があった。

憂鬱で理由もなく泣きたくなって、どうしようもなく虚しい日々の中にも、たくさんの光が溢れてる。

「ありがとう」って言われて、泣きそうになった今日も
愛に溢れていた。

愛はいろんなところにあったよ。

私が気づいてないだけで。

愛があればなんでもできるの?

「できるさ」と今の私は自信を持っては言えないけど

愛があれば、なんてと嘆き悲しむヒロインからは降板しないといけない。

愛という曖昧なもの。

曖昧だから、
言葉を伝えなきゃ。
もっと、もっと、たくさん伝えなきゃ。
もっと、もっと、抱きしめなきゃ。

愛は世界に溢れているよ。

私が気づいてないだけで。

私が見ているその世界以外は、
私にやさしい愛ある世界だ。

5/15/2023, 6:05:12 AM

#風に身をまかせ

物事を前に、いつも脳で考えてる。

考えることができるのが人間だし、
考えようと思って考えてるわけじゃなくて
反射みたいに、心に浮かんだ事柄や目に入ったものに対して
脳は思考する。

今、目の前にあるペットボトルのほうじ茶に対してだって
私はいろいろ考えるから。

どうでもいいことを、あれこれ考えるのが好き。

答えを求めてるより、
ただ疑問だから、口に出して話してみたり
思考したりしてるだけ。

思ったことを話し合って、
相手がどう思ってるのかが知りたい。

例えば、目の前のほうじ茶に対してだって

私はお茶のなかでもほうじ茶が好きだとか
どこのメーカーのほうじ茶がいいかとか
なんでほうじ茶のほうじはひらがななのかとか

上げればキリがない。

そんなこと気にする?ってくらい
些細なことについてたくさん考えたい。

人の心についても同じで
私は、他の人がどうしてそう思うのかが知りたい。

自分ではいいと思うことを相手は良く思わないのとか
自分ではそう思わないことが相手は違うとか。

私は自分の中のことがすべてだから
私が思うことは相手もそうなんだという思い込みが激しい。

恋愛については、他の事柄より、「なぜ?」が多い。

好きになったら、なぜ告白するのか。
告白したら、なぜ付き合うことになるのか。
恋人たちは、なぜ一緒にいたがるのか。

それらは他の人に言ったら全部
「好きだから」で済ませられそう。

でもね、私は分からないの。

ここでも意味を考えたがる。

「好きだから」という感情ではなくて、
論理的な言葉で、家電の説明書みたいに詳しく説明して欲しい。

そもそも、恋愛自体が感情であるから
そこに論理的思考は必要ではないのかな。

恋してるときって、人は盲目になってて
恋している自分が自分じゃないみたいで、
私はそれが許せない?のかもしれない。

プライド高いのかな。

恋人という、友達や家族とは違う関係や雰囲気に在る私が
想像できなくて

甘いのは、可愛い子だけに許されるものだと思ってるから?

自分に好意を向けられるのが気持ち悪いから?

雄の目を向けられるのが怖いから?

考えるのは、とても好きだけれど
考えて考えて動けないのなら、

頭ではなくて、心で思うまま
力を抜いて

風に身をまかせるみたいに
ゆらゆら流されていたい。

こんな思い込みから、解放される日はきっと来ると信じてる。

5/12/2023, 12:54:41 PM

子供のままで。

大人になるにつれて、いろんなものを見て、聞いて、感じて
心が変わる。

世間体や周りの目や常識。

いろんなものに揉まれて、ぶつかって、毎日を忙しなく過ごしているうちに、なにか大切なことを忘れていってしまう。

自分が信じていたい夢。
自分が信じること。

それらは“現実”というリアルの前に
簡単に打ち砕かれる。

周りの声に合わせる度に、
自分の声は掻き消されて、聞こえなくなってしまう。

いつから周りのために生きていたの?

子供ながらに大人の顔色を見て過ごしてきた幼少期。

守ってくれる大人のご機嫌を取って、
見捨てられないように、嫌われないように
自分を押し殺して
大人の喜ぶ姿を演じ続けた。

道化はその代償のように、今の私を苦しめる。

苦しいから、向き合うの。

子供の自分が泣いて叫んでいた気持ちを
私が聞いてあげなきゃ。

抱き締めて欲しかった。
味方だよって、貴方のままでいいんだよって、大好きだよって
言って欲しかった。

相手に求めていた言葉はどれも、
私が私に求めていた言葉だったんだね。

いつだって味方だよ。

そう言い続けるの。

膝を抱えた拗ねた子供のままでいる私を

救えるのは、この世界で私だけだから。

5/4/2023, 9:55:34 AM

「ありがとう」

思い浮かぶのは、あの人たち。

名前はいくらあげてもキリがない。

だって、今日まで生きてこれたのは、
名前の分かる人たちと、名前も知らない人たちと
もうたくさんの人たちのおかけで、今の私は成り立っているから。

直接何かしたとか、そういうのは目に見えるから
分かりやすくて、ありがとうを言えるけれど

今までの私になるまで、
知らず知らずのうちに、私は助けられてる。

知らない人に。

道ですれ違う人に。

笑顔をくれる店員さんに。

ネットの向こうの人に。

誰かぎつぶやく言葉に。

誰かの生き様に。

存在に。

ありがとう。

私を生かしてくれて。

小さな貴方の存在が、
私を助けてくれているように

小さな私の存在が、
どこかの誰かを笑顔にできていたら
知らないうちに助けていたら
いいなって思うよ。

貴方たちがそうしてくれるように

私も、誰かのそんな存在に。

生かしてくれて、ありがとう。

そして、今日まで、がんばって生きる私。

ありがとう。

5/2/2023, 10:11:05 AM

評価という概念はいつから生まれたんだろう。

人は評価したがる。
自分のものさしで見て、それが正しいとか良いとかで
星をつけ、ハートを押して、点数をつける。

点数で、自分の価値を測っているかのように、
わたしは周りの評価を、気にして、執着してる。

評価こそが、わたしのすべてであるかのように。

人生で一番大切にしていることは、
「他人からの評価です」なんて胸を張って言いたくはない。

でも、どうしてか、わたしは昔から周りの意見や評価に
敏感で、それこそが、わたしの存在する意味であり、わたしの価値だと、幼少の頃から疑ってなかった。

それが、わたしにとって、自然で、あたりまえのことだったから。

周りの意見がわたしのすべてだとしたら、
わたしの気持ちはどこにある?

知らず知らずのうちに、
わたしは自分自身をおとしめていた。

わたしの評価は常に百点満点でなければいけないのに、
わたしは、付け焼き刃の、その場しのぎの言動で
百点風を装っていただけの空っぽな人形。

真面目な人は、人にやさしい。
それでいて、自分にはとても厳しい。

人は生きてるだけで、百点満点なら、
わたしは、常に満点な、完璧な存在だと言ってもいいのかな。

そんなの、点数なんて関係なくて
人がたとえ話で表現してるだけであって、
すべてじゃない。

人はいろんなもので、「人生」を表現するのが面白い。

答えがないものは、たくさんの言葉で表せる。
答えがないから。
正しいがないから、
たくさんの言葉と、言葉以外のもので、
表現をする。

その一つが点数づけみたい。

点数づけは、あまり好きではない。
百点がよくて、零点がわるいみたいな、
そんな世の中的感覚が、少し苦しいから。

でも、点数づけで表現したいのなら
減点はなくていい。
人は生きてるだけで、百点なら、
人は生まれてきたときに、もう完璧な、百点満点。
それなら、あとは加点されるだけ。

だって、生まれてきた瞬間が百点なら、
わたしたち、あとは生きていくんだもの。

一年、一年、何年か分からない時間を
生きてるいくのだから。

今日もまた一日、昨日から数えて、一日生きることができたなら
わたしはまた加点される。

それを自分で知ることができたなら、
明日もきっと大丈夫。

感情が、受け入れを拒絶していても、
知ることが大切だから。

もう数十年、息をし続けて、
今日もまた、どうにかこうにか生きているわたしが存在している揺るぎない事実。

心が寂しくなる夜、そうやって自分を励ますの。

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