奇跡をもう一度
神様、この子は何度苦しめばいいの?
『…残念ながら、意識が戻る可能性は限りなく低いかと…』
医師の言葉に頭が真っ白になる。
次の再会は、白く清潔な消毒液の匂いが鼻をかすめる部屋のベットの上だった。
どうしてこんなことになったのだろう。
あの日、いってらっしゃいと見送った。
いつも通り、いってきますと笑顔で出かけていった。
帰ってくる、と疑うことはなかった。
だって、いつも帰ってきてたから。
だから、知らない番号からの着信で、事故の知らせを受けたとき
心臓が止まりそうになった。
まだ上手く理解しきれていない頭で、とにかく早く行かなくちゃと、仕事も放り出して病院まで車を飛ばした。
今思えば、よくあの状態で事故なく病院にたどり着けたなと、思い返して苦笑してしまう。
ふと意識を戻すと、ピッ…ピッ…と規則的に鳴る音が耳に届い
た。
体に管が繋がれて、ベット脇にある機械モニターには波線や数字が表示されている。
波打つ棒線とゼロでない数字が、まだこの子が生きていることを証明してくれているけれど、あの日から変わらず、固く目を閉じたまま眠り続けていた。
もう何度も何度もここへきていた。
最初の方こそ、息もできないくらい、悲しくて泣いていたのに、
この状況に慣れてしまったとでもいうのか、今は涙も出やしない。
『一命は取り止めましたが、意識が戻る可能性は低いです』
医師の言葉が脳裏をよぎる。
生きてさえいればいい、と思っていた。たとえ目が覚めなくても。
でも、この子は果たして生きているというの?
『生きて産まれてこれるか、無事産まれても、そのあと生きられるかどうか』
あの時も、こんな風に言われてたっけ。
それでも、この子は生きた。生きて、私たちの元に産まれてきてくれた。奇跡だった。
そっと、頬を撫でる。
少し冷たいが、ほのかに暖かさを感じた。
生きている。
『意識が戻る可能性は…』
淡い期待を覚えるたびに、あの言葉が自制する。
僅かな可能性にすがり続けていくのは、あまりにもつらくて、苦しくて、悲しいから。
ああ、でも、それでも。
『もう一度、声が聞きたい。笑った顔が見たい。まだまだたくさん、この子と生きたいの…』
震えた声で名前を呼ぶ。
大切な子。たったひとりのかけがえのない、大切な、大切な。
奇跡は二度も起こらない。
それでも、信じたい。
あの日、この子が産まれてきてくれたのは奇跡だったの。
ああ神様、どうかお願いします。
どうか、どうか、奇跡をもう一度。
10/3/2022, 3:05:34 AM