ここ最近、猫がずっと壁の方を睨むようにして座っているのが怖い。
虫でもいるのかな?と思って目を凝らしてもそんな影もない。
まだ引っ越してきて1年も経っていないし、そもそも新築なんだから、幽霊がでるわけないと思いたい。でも土地が曰く付きの可能性もあるかも。なんて考えだすと不安になってしまう。
勇気をだして事故物件がわかるサイトを見てもなにもでてこない。やっぱり考え過ごしかな。
今日も猫が壁を睨んでいる。じっと動かない。獲物を狙っている風でもない。
そばを通りかかった妹は、私の不安も知らずに可愛いねえと猫に吸い込まれていく。撫で回し、うっとり見つめていた妹が猫の視線の先を追いかけた。
「あら〜時計の針が動くのが気になってたの〜?可愛いねえ」
その一言に全身が雷に打たれたような衝撃が走った。たしかにその場所には壁掛け時計を置いていた!音も静かで、背景に溶け込むような色のせいで人間はほとんど気にしないその秒針を猫はずっと追いかけていたのだ。
よかった。お化けはいなかったんだ。
ようやく証拠は揃った。犯人の使ったトリックもわかった。
幼なじみの刑事と休暇のためにやってきた孤島のペンションに閉じ込められたあげく殺人事件が起こったときにはどうしようかと思ったけれど、探偵のこの私に解けない謎ではなかったわ。
「さあ、推理ショーをはじめるわよ」
幼なじみに頼んで大広間に他の宿泊客を集めてもらい、事件について大まかに状況を思い返していた。
「推理ってなんのとこよ!」
「外部からの犯行、なんですよね……?」
「いいえ。犯人はこの中にいます」
いよいよ犯人の名前を告げようとした。
「すみません、俺が殺しました」
「……え?」
みんな素っ頓狂な声をあげ、集まったメンバーの1人に視線を注いだ。ペンションのオーナーだった。
「あ、あの?オーナーさん」
「俺が××を殺してこういうトリックで密室に見せかけ、さらに〇○に脅されて殺したあげくこんなトリックでアリバイを作りました!!だって、あの××は……!」
待って、待って。長々と殺しの動機を述べていっているオーナーに制止をかける。
「え?こういうトリック?これでなくて?」
「ぜ、全然違いますね。それだとほら、ここのところでうまくいかないと思いますよ?」
オーナーがわかりやすく説明してくれて、周りからもあーだとかおーだとか感嘆の声が聞こえた。
ぽんと幼なじみが私の肩を叩く。その表情は呆れきっていた。
「だーから、探偵ごっこは程々にしろっていつも言ってるんだよ。お前の推理いっこも当たらねんだから」
やっとのことで警察がこの地に到着したのか、サイレンの音が徐々に近づいてきた。
すっかり葉桜が目立つ並木道を駅に向かって歩く。
今年も花見はできなかった。朝から深夜まで仕事、土日は泥のように眠り、起きても溜まった家事をこなすだけて気力も体力も使い果たしてしまう。コンビニで揚げ物やおつまみと好きなお酒を買って1人のんびり花見をしたいと心では思っているのに、どうしても行動に移せなかった。
(いつも気づいたら季節に置いてかれてる……もう一生こうなのかな)
桜が散ったと思えば雨が続き、命の危険を感じるほど暑い日々を耐えたら木々が赤く染まっていくのをまたぼーっと眺めてその内震えながらあれ気づいたら年末じゃんとか騒いで。
そんな人生、誰が楽しいんだ。
私は立ち止まった。
(仕事に1日行かないくらいじゃ死なない!)
休もう!有給とるぞ!
今日いきなりは厳しいけど、引き継ぎの準備をして明日にでも葉桜の花見にでかけよう。
決意をして顔をあげると、どこからか桜の花びらがひとひら降ってきた。
彼女が暮らす、丘の上の豪邸に呼ばれた。
庭にはたくさんの花が植えられていて、真ん中はちょっとしたバラ園になっていた。カラフルなバラたちは、真上から見るとハートの形になっていると教えてくれた。
「やあ、これがあの有名な桜の木か」
屋敷の裏手には見事な枝垂れ桜が、もうすぐ見頃を迎えようとしていた。麓からもその美しさは圧巻だった。みな、1度はこの木の下で花見をしてみたいと思うものだ。
さて有名なのはその見事な枝振りだけではなく。この家の黒い噂と相まってありきたりではあるがこの下にはいくつも死体が埋まっていると言うのだ。
しかし知り合って間もない彼女の雰囲気を見ても。やはり噂は噂としか思えない。
「死体が埋まっているという話ですね」
「おや、知っていましたか。いえいえ、でも今日僕はそんな馬鹿げた話の真相を知りたかったわけではないですよ。あなたと、この庭と、美しい桜に会いたかったんです」
おどけてみせると彼女はクスクスと笑った。桜の花びら枝が揺れ、彼女の周りで一緒に笑うかのようだった。
「死体を大事に育てている庭に埋めるだなんて、そんなの不愉快ですわ。たとえ見えなくても気味が悪い。そういう汚いものは、相応しく汚いところに葬らなくてはね」
アナウンスが流れ、君はタッと目の前の新幹線に乗り込んだ。
「こっちに来る時は連絡してね」
ホームドアが閉まる。
君は笑っている。うん、と言う声がついに震えたけど、ドアが閉まる音がかき消してくれた。
行ってきます。と君の唇が動いた気がした。
私の意気地無し。
最後まで伝えられなかった言葉を、遠ざかっていく乗り物にしかぶつけられないなんて。
「好きだよ」
ずっと前から。そしてこれからも、多分ずっと。