エイプリルフール
まさかとは思うが。
ーー今日の予定、ダメになった。
ドタキャンとは、予想外だった。
一ヶ月程前から予定をしていたお出掛けは、今日は無し。
他に予定を入れている訳もなく、準備をしていた手を止めたまま画面の暗くなったスマホを見つめてもう五分は経っていた。
(結構、楽しみにしてたんだけど)
いっその事出掛けてしまおうかと思ってようやく窓の外を見やれば、心中と同じく今にも降り出しそうで。
「…やっぱり、やめとこ」
何とも言えない胸のモヤモヤを抱えたまま、ぐだぐだとリビングで本当に何もせずに昼が過ぎた。
さすがに空腹を覚えて配達を頼もうかと今一度スマホを開くも、今度は何だか気分転換をしたくて再びの身支度を始める。
行ってしまえばなんとかなる。あえて傘は持たずに玄関を出た。
「遅い」
何だと思えば、先程のドタキャン犯人は、こちらの気分以上に害したとばかりに恨めしげな眼差しで見上げて来た。
驚く間もなく玄関傍から立ち上がる彼は、気まずげに頭を掻いた。
「え、今日、さっきダメになったって」
「エイプリルフール、だから」
「うん?」
「なんか、サプライズ的な?そんなのしたかったの」
「ああ……え、じゃあ今日は」
「行こう。時間ギリギリ」
自分勝手なサプライズ失敗の変な空気も吹っ飛ぶくらいに二人で慌てて走り出したら、着く頃にはきっともう、全部許す。
(今日くらいはね)
せっかくのお出掛けだから、ハッピーなサプライズという事にしておいてあげよう。
手放した時間
「あ」
しばらく静寂が続いていたリビングに、響くのは明らかに何かあったのを告げる声。
パソコンから視線を移せば気まずげな彼の顔が目に入った。
「どうかしましたか」
「前から言われてたの忘れてた……悪ぃ、今日は」
「構いませんよ。空も暗くなって来ましたし、早い内に気付けて良かったですね」
見送ろうとソファから立ち上がると、ばつが悪そうなのはそのままに自分が用事を持ってこちらに来たにも関わらず、渋々と帰宅準備をする彼は後ろ髪を引かれている。
「それじゃあ、また」
「……うん」
「お気を付けて」
(ああそんな、見えない耳を垂れさせないで)
穏やかに見送る自分は、彼には大人に見えているだろうに。
見栄か、プライドか。長年身に染み付いたものを崩すのは難しく、ただ静かに笑みを向けて見送るしか出来ない。
重厚な玄関扉が閉まると襲って来る感情に蓋をしようとそっと瞼を伏せて、しばらく会えないのが分かっているだけにそれを噛み締めた。
(情けない。貴方を知る前ならきっと、こんな風にならなかった)
自分で選んだというのに、後悔するには既に遅く。
知らなかった頃を想ってリビングに戻る事にした。
君と見上げる月
一緒に遊んだ日は自然と食事に行く流れになる。
もちろん複数人で行く事にはなるけれど、同じ場所同じ時間を共に過ごす事に意味があると自分に言い聞かせている。
何が好きだとか、まだ酒に弱いだとかさりげなくチェックを入れて。
(好みの変化は若干あるけど、相変わらずお子ちゃま舌な感じだなぁ)
好き嫌いはほとんどないのを知っている。
お互い独身、自炊をするタイプじゃなくて外食や宅配が増えるのも自然な流れで。
「野菜食べないの」
「最近は食べる」
「じゃあこれ食べなよ。これも、あと」
「もういい、もういい」
年上だからか世話を焼いてくれるのもいつもの事。
この感覚は何年経ってもむず痒いような、安心するような妙な感覚。
食欲も満たされて、ほどほどに切り上げた食事会も終わる頃。
会計が終わって店を出た視線は自ずと空に向けられた。
「あー、明日も暑いだろうなぁ」
「だろうねぇ」
「散歩も難しいねぇ」
「歩くけどね」
「死ぬよ」
綺麗なまん丸の月を見上げて鉄板の言葉が浮かんだけれど、あまりにベタ過ぎて何とか飲み込んだ。
(やだやだ。歳食う度に親父ギャグに磨きがかかるわぁ。ギャグにもならん)
「月が」
隣から聞こえる声に息も止まる。
「綺麗ですね?」
「疑問系?」
冗談だって分かっていても胸が高鳴るなんて末期にも程がある。当然人の気も知らないで彼は見上げたまま鼻で笑う。
(鼻詰まってる癖に。ちょっとマジで照れしてんじゃねぇよ)
ああ、もう、可愛いな。言わないけど。
red,green,blue
光だと、
絵の具だと、
「今更、なかった事にする…?」
「それが一番楽だけどね」
終わりにするのも惜しくて、始まらせるのも何だかしっくり来ない。
関係性を肩に嵌めたくたくないのは互いに伝わっている。
結局は離れてしまうのが怖いから。
「白黒はっきりさせなくても、ねぇ」
「透明でも良いとは思うよ」
「…透明が一番?」
「今の所ね」
答えは出ているのに。
意気地無し、根性無し、甲斐性…は、あるか。
「″友人″でもいいじゃない。俺達がいいなら」
「俺は、」
良くないとは、言わせない。
俺はずるいから、追いかけて欲しいと期待だけをさせて逃げたり傍にいたりする。
「本当、猫みたいだわ」
そこにあるのに掴めない、透明。
でも少し変えれば、黒なんだと。
(いつ気がつくかな)
special day
毎日パコソンに向かう日々の中。
あの人と直接逢う日が増えたり、ご飯に行ったり。
今の時期はどうしても二人になる機会があったりして、話す事も増えた。
この先、こんな機会はあまりないと思う。
ないと、思いたい。
俺自身変わりたいと思うからこそ行動で示し始めたばかりだ。
きっとあの人も同じな筈。
「今日、二人だけかぁ」
「え、いや、もう一人いるよ」
「あ、そう?そうなんだ」
「…何でそんな嬉しそうなの」
「嬉しそうではないでしょ。あ、そっかーって感じで」
「嫌だったら、ちゃんと言ってよ」
「嫌な訳ないって。二人だよ?特別じゃん」
「特別ー?」
滅多にないのは確かだけれど。
良いように言い過ぎなのは明らかだ。
不貞腐れてしまう気持ちを全く隠さないでいると、彼が俺の髪をやや乱暴にくしゃりと撫でた。
「特別。特別扱いしてあげる」
「…全部俺に任せる気だ」
「ふふ、バレた」
(あー、もう)
そんな顔されたら、手を抜く訳にはいかないよね。