手放した時間
「あ」
しばらく静寂が続いていたリビングに、響くのは明らかに何かあったのを告げる声。
パソコンから視線を移せば気まずげな彼の顔が目に入った。
「どうかしましたか」
「前から言われてたの忘れてた……悪ぃ、今日は」
「構いませんよ。空も暗くなって来ましたし、早い内に気付けて良かったですね」
見送ろうとソファから立ち上がると、ばつが悪そうなのはそのままに自分が用事を持ってこちらに来たにも関わらず、渋々と帰宅準備をする彼は後ろ髪を引かれている。
「それじゃあ、また」
「……うん」
「お気を付けて」
(ああそんな、見えない耳を垂れさせないで)
穏やかに見送る自分は、彼には大人に見えているだろうに。
見栄か、プライドか。長年身に染み付いたものを崩すのは難しく、ただ静かに笑みを向けて見送るしか出来ない。
重厚な玄関扉が閉まると襲って来る感情に蓋をしようとそっと瞼を伏せて、しばらく会えないのが分かっているだけにそれを噛み締めた。
(情けない。貴方を知る前ならきっと、こんな風にならなかった)
自分で選んだというのに、後悔するには既に遅く。
知らなかった頃を想ってリビングに戻る事にした。
11/24/2025, 8:57:02 AM