「好き…、です。無理だぁ……」
すき、たった二文字なのにこんなに胸を締め付ける。
ぎゅっと息苦しくなって、口にした後を考えて言えない。
案外こういう関係もいいのかもしれないと何処かで思う。
ちょっぴり仲良しな生徒と先生。
仲良しな生徒と先生のタグの他に恋人、なんて甘い響きのタグは必要ないのかもしれない。
そんなことをぐるぐる考えていたら遅くなってしまった。
先生帰っちゃってたらどうしよう。
一抹の不安を覚えつつも先生の元へ足を運ぶ。
「あ、ねぇ貴方!ちょうど良かった。今、料理部にお邪魔してこれ作ったの。一緒に食べよう?」
後ろから先生の低い声が聞こえてバッと振り向く。
聞き間違えるはずがない。私の大好きな低音。
「せんせいっ!」
そう声をあげたわたしに先生は小走りで来てくれた。
そんな先生の手には可愛くラッピングされた小さい袋。
リボンが結ばれていて先生が結ぶ所を想像したらちょっとにやけそうだ。
「可愛いですね。でもなんで先生が?」
「うちのクラスの料理部の子が先生にあげたい、って言うから俺もお邪魔させてもらったんだよ。さ、早く入ろ、」
いつもは嬉しい先生の紳士みたいなエスコートも今は胸がザワザワして落ち着かない。
やっぱり私以外にも先生は優しくて、私ほどじゃなくてもこうやって先生を好いている人は沢山いるんだ。
その子絶対先生のことすきじゃん。それはなんかやだ。
「ありがとうございます。そうなんですね、」
「うん、教えて貰いながらだけど案外上手く焼けたのよ?さ、食べて。」
リボンを解いて食器棚の中の皿にざざっとうつす。
可愛いハート型は先生のことが好きな料理部のあの子の気持ちみたいで迷わず手に取って口に放り込んだ。
「どうかな?美味しい?…あんまり好きじゃない?」
まるで特別な人に向けるみたいに眉を八の字にしてこちらの顔を覗き込んでくるものだから味など分からない。
でも先生の視線が私だけに向けられるこの瞬間は堪らない
「美味しいです。先生の作ったものが食べられるなんて嬉しくて死んでしまいそうです……」
「ふふ、貴方は大袈裟。そんなに気に入ってくれた?」
きゅっと嬉しそうに細められた目に私の心も揺れ動く。
いつもは真面目でちょっぴり無愛想だとか言われてる先生からは考えられないような子供みたいな姿。
可愛いけれど、料理部のあの子も見たのかな、なんてまたネガティブなことをぼんやり考えた。
私と先生の心が繋がって、私のこの苦しい気持ちも先生に伝わってしまえばいいのに。
醜いこの気持ちが伝わってしまわなくてよかった。
2023.12.12『心と心』
「…もうこんな時間、今日はやけに遅いな……」
いつもこの時間になったら待っていなくとも勝手にドアが空いて、帰りの時間まで一緒に過ごすのに。
なにかトラブルに巻き込まれているのか、それとも単純に忙しいのだろうか?
だが、彼女はテスト前でも構わず俺の所に通いつめていたから忙しいという理由ではなさそう。
ここまで考えて自分が彼女を待っていたことに気付いた。
良く考えれば毎日来る、なんて約束していない。
単純に彼女の好意で通ってくれていただけで、もしかすると俺に飽きちゃったり?
元々ネガティブな俺は考え込んでしまうとどんどん悪い方向に思考がよっていく。
「はぁ……やめよ。別にあの子と俺は何も無いんだし」
もう考えるのは辞めて今日の小テストの丸つけでもしようと赤ペンを取り出す。
いいことなのか悪いことなのか、皆全然空欄を埋めてないから丸つけが捗る。
皆やる気ないのか、もしかして皆も俺が嫌い…?などとまたネガティブなことを考えているとびっしりと隅々まで埋まっているプリント。
名前を見なくても分かる。あの子だ、
「あ、この問題…ちゃんと出来てるじゃん。後で褒めてあげなくちゃ、」
自然と口角があがってよく出来たね、と花丸まで書いてしまった。
案外俺はあの子にいい印象をもっているようだ。
その時、準備室のドアが静かにあいた。
「せんせ~まだ居ますか?…あ、よかった!遅くなっちゃったから先生帰っちゃったかと思ってました」
「ぁ…う、うん…、お疲れ様。ココアでいい?」
「はいっ、ありがとうございます!先生の作るの大好きなんです」
よかった~と呟く彼女の姿をみて心底ホッとした自分が居た。
嫌われたり、なにかトラブルがあった訳じゃなかった。
約束もしていない、たまたま来るのが遅くなってしまっただけなのに俺は彼氏みたいなことを考えてしまって情けない。
そんな顔を見られたくなくて急いで寛容的なキッチンへ
この子と俺はなにもない。教師と生徒。ただそれだけ。
さっきからトゲが刺さったように胸がチクチクといたい。
こんな気持ち、知らない。
2023.12.11『何でもないフリ』
「先生こんにちは~」
「んぐっ、……貴方今日早いのね…」
私が入ってきたことに余程びっくりしたのか肩がアニメみたいにビクッと跳ねた。
もぐもぐと一生懸命に口を動かす姿は小動物さながら可愛い。
すると両手で持っているビスケットはナッツと言った所か
「何食べてるんですか!いいなぁ~美味しそう、」
準備室はビスケットの甘い匂いと先生が好んで飲んでいる黒い液体、もとい珈琲のいい匂いがする。
先生に釣り合う大人になりたくて珈琲を毎朝我慢して飲んでいるのはここだけの秘密だ。
「ココナッツのビスケットだよ。ほら、知らない?」
机の上に置いてあったビスケットの袋を見せてくれる。
言われて見れば確かに見たことがあるような……。
「先生好きなんですか?これ、」
「うん、大好き。気になるなら貴方も食べてみる?」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……ありがとうございます」
先生から受け取った 何の変哲もないただのビスケット
でも私にはそれがとんでもないご馳走に見えた。
「い、いただきます…」
そう呟いて口に運ぶ。
その間先生の視線は私だけに注がれていた。
綺麗な先生に凝視されることなんてそうそう無いから手元がおぼつかない。
1口齧ってみてが緊張からか味もよく分からない。
「どう?貴方の口に合うといいんだけど、」
「美味しいです、」
「そう、良かった。」
「じゃあ、これで私と先生はビスケット仲間ですね」
「なぁにそれ、可愛いけども」
「私もこの、ビスケット気に入ったので…同盟ってことでどうでしょう」
「ふふ、貴方本当面白いこと考えるのね。いいよ、俺と貴方の秘密、」
それからあのビスケットが私の常備菓子になったのは言うまでもない。
2023.12.10『仲間』
「もし明日死ぬとしてどんな風に死にたいですか?」
まるで明日の天気を聞くみたいにサラッと口にした。
覚えたての用語をすぐに乱用するのは小学生のようだが、先生の貸してくれた本の影響なのだからこれぐらい許して欲しい。
「また随分物騒な…死ぬ…。あぁ、昨日の本のこと?」
「そうですっ、で、どうなんです?」
正直ミステリアスな先生の死生観は気になる。
どんな風に生きることを捉えているのかあの本を読んでから知りたくなってしまったのだ。
「そういう貴方は?どうやって死にたいのさ」
かけていた眼鏡を外して優しく机の上に置く。
予想外の質問にワンテンポ返事が遅れてしまう。
そう言われても自分が死ぬ想像などまだできない。
このまま時間が進むなら永遠に生きれる気さえする。
「ぁ…えと……ん~寿命ですかね、無難に」
「まぁ、一般的な答えだね。普通」
つまらないって顔に書いてありますよ。
先生が聞いてきたくせに。なんて可愛くないことは言わないけど。
「私は言いました。先生の聞かせてくださいよっ」
「じゃあひとつ約束して、俺がどんなことを言っても引かないって」
「わ、分かりました…引きません」
先生のつめたい小指が私の小指にきゅっと絡まる。
絡ませた指先は氷のようにつめたく私の熱が奪われてゆく
約束、と小さく口にした先生は内緒話をするみたいに声のトーンを一段階落として、言った。
「俺はねぇ…好きな人と心中したいの。その人が望むならどんな死に方でも受け入れるよ。よく死ぬ迄一緒って言葉があるでしょう?でも俺は死んでからも好きな人と一緒に居たいなぁって…ぁ、引いてる?」
「い、いえ引いてません。全然これっぽっちも」
「ほぉら、やっぱりこうなるじゃない。完全に引いてる反応なのよそれは。…そんな貴方にこれをオススメしてあげる、はい」
ぱっと繋がった手を離した先生は積み上がった本の山から1冊の本を取り出した。
「人間失格…、」
「その中で着物の帯で2人を縛って心中する描写があるんだけどそれが俺の理想。まぁでも現代に帯なんて少ないだろうし手なんか繋いでさ、死んでも一緒ってね」
「へぇ…先生って案外ロマンチストなんですね」
「あ、ありがとう…?」
曖昧な言葉を繋いで誤魔化した。
だって一瞬でも、最後まで先生と人生を共に出来たらどれだけ幸せか想像してしまったから。
先生の最後の記憶に残るのが私だったらいいのに。
2023.12.9『手を繋いで』
「前から思ってたんだけど出会いはいつ?入ってからだよね?」
「ん~まぁそうといえばそうなんだけどさ~」
「え、なになに!?違うの!?」
お弁当の中の卵焼きを箸でつまんで先生との出会いを思い出した。
先生と私の出会いはとても衝撃的なものだった。
「ここの道は……右だったっけ、」
自分の生活圏内とは少し離れた高校を選択した私は通学にとても困った。
なぜなら私が生粋の方向音痴だからである。
前日にあんなに道を確認したのに……!と思いつつ、無慈悲にも時間は進む。
初日に遅刻なんて本当にやばい。やばすぎる。不良?
良くない言葉が頭をぐるぐる回っていると、余程重大に見えたのか若い男の人が声をかけてくれた。
「あの……大丈夫ですか?どこか具合でも…、」
恐る恐るといった様子で声を掛けてくれた人こそ先生だ。
一目見た瞬間先生が好きだった。
一目惚れとか恋ってこういう事なんだと初めて知った日だった。
「あっ!あの!いや……迷子に、なってしまって……」
こんな年になって迷子、笑われてしまうだろう。
そう思うと恥ずかしくて最後の方は聞き取れたか分からない。
「なるほど。学校に行けばいいんだよね?」
「は、はい!」
「じゃあ連れて行ってあげる。俺の目的地もそこだし、」
「え、先生…ってことですか、え」
「まぁ、そうなるかな。……ぁ、やべ、急がないと俺も遅刻する……急ぐよ!」
そこからは全力疾走だ。
スーツから繰り出される速さと思えないほど先生は走るのが早かった。
足を懸命に動かしてなんとか先生について行く。
「ま、間に合った……!」
全力疾走のお陰か5分前には校門に着くことができた。
初日から遅刻の不良というレッテルは貼られずに済みそうだ。
「本当にすみませんでした……!迷惑をかけてしまって」
「迷惑なんて決めつけないで。どうせなら喜んでよ、ね?」
「あ、ありがとうございます…、?」
「うん、それでよし!じゃあ学校生活楽しんでね」
「はい!ありがとうございました」
これから学校生活、もう楽しみでしかない。
だって先生と過ごせるんだ。どうしよう、世界で一番幸せかもしれない。
「…ぃ、おーい!まぁた妄想の世界に行っちゃった?」
「先生やっぱり運命だ……」
「はいはい、」
2023.12.8「ありがとう、ごめんね」