こんな雪の舞い散る夜には、あの日あなたと交わした約束を思い出す。
あなたは私の目を真っ直ぐに見ながらこう言ったの。
──約束しよう。僕は誓って誓約するという契約を結ぶことを協約すると確約する。これらの全てを取り決めて契りを交わそう──
いまだに私は彼と一体何を約束したのか、わからないの。
はらりと散る花が
ひらりと舞って
ふわりと浮かんだ
へたりと座り込む僕
ほろりと泣いた君
また会えるよね?
みんなで来れるよね?
むりやり作った笑顔の
めに涙が浮かんでいた
もう、さよならなんだね
やさしさをありがとう
ゆめでまた会えるから
よるの入り口で待ってて
『その日、アパートの小さな部屋で私は本を読んでいた。時計は23時を少し回ったところ。静かな夜だった。
突然、ドアをノックする音がした。トントン、と軽く二回。私は本を閉じ、眉をひそめた。こんな時間に連絡もなしに訪ねてくる人なんて誰もいないはずだ。「誰かしら?」と小さく呟きながらドアの覗き穴を覗くが、そこには誰もいない。不安を感じながら私は』
──ここまで打って、私はキーボードを叩く手を止めた。
今時「誰かしら?」と呟く女性がいるだろうか?いや、いない。絶対いない。
常々思っていたのだ。日本の創作文化における喋り言葉の不自然さについて。
「〜だわ」「〜かしら?」「〜わよ!」等の語尾はあまりに読み慣れて聞き慣れてしまっているけれども、もしも現実世界で使ったら明らかに不自然だ。
取るに足らない私の創作と言えど、時代に合わせてアップデートしていくべきだろう。
「誰かしら?」の部分をDeleteして打ち直す。
「誰だろう?」
……言うか?独り言で、誰だろう?って、言うか?微妙過ぎる。
再びDeleteして打ち直す。
「誰かな?」
いやいや言わんだろ!
こうして私は言葉の迷宮に迷い込んだ。
「誰じゃ?」
「誰かいな?」
「誰だ?」
「誰なのだ?」
「フーアーユー?」
わからない、もう私はわからないよ日本語が。
こうして私はこの1行を消しては書き直しを繰り返し、ついに迎えた深夜2時。
「もう、これでいいや……」
とどうにか完成させてパソコンを閉じた。
翌朝。
記憶が曖昧なままに書き上げた文章を確認する。
そこには
「誰でござろう?」
と書かれていた。
誰でござるか?よりによってこの語尾を選択したのは。
私でござる。
……設定を江戸時代に変えなきゃなあ。
私はため息をつきながら「アパート」を「長屋」に、「本」を「巻物」に打ち直した。
芽吹きのとき
むずむず、そわそわ、うずうず。最近どうにも落ち着かない。
ずっと冷たかった頭の上の方が、なんだかじんわりとあたたかいんだ。
周りの生き物たちも、ガサゴソとせわしなく何かの準備を始めている。
その時、遠くから誰かの話し声が聞こえた。
もうすぐだね
いよいよだね
たのしみだね
そして僕は理解した。
芽吹きのときが来たらしい。
僕は嫌だな、と思った。
だって怖いんだもの。
うわさによると、外の世界はすごく広くて明るくて、危険もいっぱいなんだって。
ここは確かに暗いけど安全で、いつだって僕を包み込んでくれるのに。
だけど日が経つごとにあたたかさは増して、それにつられるように僕の体は上へ上へと伸びていった。
下手くそなうぐいすがケキョ、と鳴いたある朝。ついにその時は来た。
頭の先が何かを突き破るような感覚。そして
──まぶしい!!
衝撃とともに、僕は初めて外の世界に出た。
心地よい風が「ようこそ」と僕を撫でながら吹き抜けていく。
外の世界は明るくて、広くて。
空気が気持ちよくて、朝露が色々な場所でキラキラと光っていて、美しかった。
本当に美しかった。
気付けば二本足の大きな生き物が近くに来て、僕をじっと見て、
「ああ、もう出てきたのか。春だね」
僕のことを春と呼んだ。
7年前の今日に、娘を産んだ。
妊娠も出産も、人より順調にいかないタイプの私には、正直苦しくて痛くて辛いばっかりの思い出だ。
あの日のお天気だとか空の色だとかも、全然覚えていない。
手術室から病室へ戻りわけがわからないまま腕に抱いた娘は、ぐんにゃりとしてほかほかと温かくしかし弱々しく、落としてしまわないか、ちゃんと息をしているのか、ただただ不安だった。
気付けばあの日の温もりが家中を走り回り、文字を読んだり、ピアノを弾いたりしている。不思議なものだ。
喉元過ぎればなんとやら、にはならないし、生まれてきてくれてありがとう、みたいな感傷にひたるタイプでもないけれど。
今からハンバーグを作って、ケーキに飾り付けをするのだ。
春の日差しが、今日を寿いでいる。