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11/6/2024, 10:56:03 PM

「しね」
朝、学校に登校すると、今日も机に黒く濃く書かれていた。教室の後方からクスクスと嗤い声が聞こえる。嗤い声を聴きながら、劣等感と羞恥心と、よく分からない感情を抱えて、それを消しゴムで消す。
2時間目に外を眺めていると、雨が降ってきた。今日は朝の天気予報を見て、傘を持ってきている。良かった、少しだけ嬉しい気持ちになった。
3時間目までの授業の合間、トイレに行ったため、少しだけ席を外した。教室に戻る時、玄関付近できゃあきゃあと嗤い声がしていた。
昼休み、1人で弁当を食べようとすると、横から伸びてくる手があった。それは弁当などには興味を示さず、机の引き出しに躊躇なく突っ込み、1冊のノートを乱雑に引き出した。「数学」とだけ表紙に書かれているノートを見て、そいつはニヤッと口角を上げ、「これ貰ってくね〜」と言って去っていった。拒否する暇も与えてくれなかった。
私が弁当を食べ終わった頃にそいつらはまた来た。
「プレゼントがあるよぉ〜」不気味な笑みを浮かべながらそいつは言った。中庭の池に行くように言われた。大体予想はついていた。私が池に向かうと、鯉たちが優雅に泳ぐ中に四角い何かが浮いていた。それは私の数学ノートだった。池の中心に浮いていたため、私は地に這いつくばって、袖を池の水で濡らしながらノートを手繰り寄せた。その間中、3階の窓から覗く彼女達の嗤い声が中庭全体に響きわたっていた。そのノートには、「しね」「ブス」「キモい」などの暴言が鉛筆やマジックで大きく書かれていた。それをタオルで包み、鞄に入れた。
学校が終わった。予報通り、外はまだ規則的な雨が降り続けていた。玄関で靴を履き替え、傘立てを見て悟った。朝確かにさしたはずの傘がなかった。数メートル先の雨の中から嗤い声が聞こえる。顔を上げるとやっぱり彼女たちが私の傘をさして歩いていくのが見えた。追う気にもならなかった。私はあらゆる全てのことをとうの昔に諦めていた。今日唯一幸せだった出来事も今、不幸に変化した。家まで20分程、雨に打たれる決意をし、私は帰路へと踏み出した。
雨の中へ入った私は、予想外のことに戸惑い、足を止めた。雨というのはこんなにも柔らかいのだろうか。私は天から落ちる銃弾の雨に当たりに行くような想像をしていたのだ。雨は私に優しかった。優しく伝って流れ落ちていく。視界が揺れて、目に溜まった液体が溢れ、零れる。
この世界は、少なくとも私の生きる世界よりは、優しく生ぬるかった。


11.6 柔らかい雨

11/5/2024, 10:36:52 PM

暗闇の中、紐を結う。
それを天井から吊るして、手をかけた。
首を通そうとしたとき、一筋の光に目が眩んだ。
それは小さな窓から覗く、月の眩い光だった。
また今度にしよう。そう思った。


11.5 一筋の光

11/4/2024, 12:39:17 PM

連日の大雨。久しぶりに晴れて、外に出た。
金木犀が花を落としていた。

秋は広大な稲畑が、風に揺られて金色の波を作る。
今では黒いコンクリートに埋まってしまった。

あなたと通ったあの公園。
木が伐採されて、木陰は無くなった。

見慣れた街の、見慣れたボロボロの建物。
休みが開けたら取り壊されていた。

私の町がなくなっていく、どうしようもない虚しさ。
永遠に在るものなんて何処にもない。
だから、毎日を大切に生きる。


11.4 哀愁を誘う

11/3/2024, 3:52:33 PM

鏡の中の自分は、本当の私なのだろうか。
そんな疑問を持ったのは14歳のときだった。鏡には自分が映る。当たり前だが、反転した世界が映る。鏡の向こうにいくら世界が見えようとも、それはただの物であり、そこに映る世界は鏡の中にあるわけではない。その証拠に、手をかざせば触れることだってできる。光の屈折によるものだということが科学的に証明されている。
しかし、鏡の中の私は言う。こちらの世界は楽しいと。彼女は、人に感情を読み取らせない表情で笑っている。苦しみも悲しみも何も感じたことの無いような顔。私は鏡の中には私たちの反転した世界があるのだと考える。そこには私と同じ人間が住んでいる。彼女は幸せそうだから、きっと鏡の中は人生に苦悩することなく生きられる、明るい世界なのだと思う。
綺麗だ。いつしかそう思うようになった。鏡の中に強く憧れるようになった。
私の世界は不幸だった。太陽が刺すように照りつける地上。夜になれば闇に襲われ、上を見れば無数の星が嘲笑っている。生まれた瞬間から植え付けられる常識。常に誰かの支配下にある人生。付きまとう学業と避けられない労働。労働をしなければ生きられない社会。人間社会にしか私たちは生きることを許されない。日々精神と体力を削り、笑顔を貼り付けて生きる。
そんな時、気づいたのだ。私たちの世界こそが鏡の中なのではないか。鏡に映る私たちと瓜二つの人間らしき何か。こいつらが鏡の中に世界を作り、私たちを飼っているのだ。有限の世界に私たちを閉じ込めて、私たちの生活は娯楽に消費されている。私たちの生活、文明の発展を見て、ある種のゲームのような感覚で眺め嘲笑っているのだ。いつだって私たちは何かに囚われ、本当の自由は与えられないのだ。こんな世界で生きていかなければならない。
私は涙を流した。鏡の中の私も、涙を流していた。


11.3 鏡の中の自分

11/2/2024, 12:59:32 PM

泣きながら私を見るあなた
眠りにつく前に
あなたに謝りたかった
あなたにはきつく当たってしまった
もっと愛してあげたかった
もう声も出ない
ごめんね
あなたに見守られながら
まぶたを閉じる
私は幸せ者
いつまでもあなたを愛しているわ


11.2 眠りにつく前に

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