冬晴れの空の下
凍えながら友達と話す
それだけで楽しかった
そんな青春が好きだった
今日もお母さんは帰ってこなかった。お湯を沸かして、1人でカップラーメンを啜る。
「今年の学校は今日で終わりです。皆さん良いお年を」
「明日クリスマスだよ!サンタさんにプレゼント頼んだ?」
「頼んだー!貰えるかなぁ」
「私はね…」
今日はクリスマスだ。僕はいつものようにプレゼントを頼んで、いつものように落胆した。僕にはプレゼントが届かなかった。玄関の扉を開ける。一応外も確認して、やはり届いていないことを認識する。
リン
ふと足を止めた。不自然な音を聞いた気がして、辺りを見回す。しかし、誰もいない。
リンリン
繰り返されるその音は、次第に強く大きくなっていく。
リンリンリン
僕はその音がベルの音であると気づいた。しかし、目視できる場所にそんな物はない。
その音は不吉なほどに大きく連続的に鳴り響いた。
リンリンリンリン
僕は願った。これはサンタさんが僕を迎えに来てくれたに違いない。お母さんも帰らない、プレゼントも貰えない僕を不憫に思ったサンタさんが、きっと僕を迎えに来てくれたのだ。
リンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリン
僕は目を閉じた。
1220 ベルの音
寂しさには慣れていた。
幼い頃に両親を亡くして、私一人で妹を養ってきた。中卒でバイトをかけ持ちして、身を粉にしてお金を稼いだ。妹には好きに生きてほしい一心だった。妹のために私の人生を棒に振ったことに後悔はなかった。
妹をついに大学に送り出して、家に独り。妹もバイトを始めたとはいえ、異様に家に帰ることが少なくなった。
私には、SNSに妹にも伝えていない裏アカがある。と言っても、親しい友人とだけ繋がって日常的なことを投稿しているだけである。ある日その裏アカに、知らないアカウントからのフォローがあった。私を誰かと間違ってフォローしたのだろう。そのアカウントも、誰かの裏アカのようだった。投稿を遡っていくうちに、明らかに見覚えのある物が写り込む写真を多く見かけた。私は、このアカウントが私の妹のものであると確信を得ていた。そして、酷く後悔をした。このアカウントを見なければ良かった。見たくなかった。そこには、私に対する罵詈雑言が大量に綴られていた。
✽
寂しい人生を生きてきた。
私が物心つく前にこの世を去った両親。まだ子どもだというのに、自分の人生を投げ打って私を養ってくれた姉。傍から見れば、姉は妹思いのできた人間に見えるだろう。
誰もいない家に帰って、誰もいない部屋で宿題をして、食事をして、お風呂に入って、床に就く。姉に会えるのは翌朝。私より早く起きて朝ごはんを用意してくれている。
「お姉ちゃん、ご飯は」と言うと、
「もう食べた!行ってきます!」と、振り向きもせずに家を出る。私はモソモソと1人でご飯を食べる。そんな毎日に嫌気がさし、私は初めて姉に物をねだった。スマートフォンだった。もうみんな持っていると騒げば、優しい姉はすぐに購入してくれた。初めてスマートフォンを通して、SNSを開いたときはワクワクした。知らない人と繋がって、この寂しさを埋めることが楽しみだった。SNSは素晴らしかった。ハッシュタグを使えば同じ趣味や考えの人と繋がることができる。私は私と似た境遇の人を片っ端からフォローした。
姉に対する罪悪感はとうに無くなっていた。姉がいい人ぶっているように見えてならなかった。これ以上嫌いになる前に、姉から離れた。
大学は楽しかった。やっとバイトも許されたし、同じ趣味の人がたくさんいる。金銭的余裕もできて、私は夜な夜な友人と遊びに出掛けることで寂しさを紛らわした。
ある時、SNSで知らないアカウントをフォローしているのに気づいた。間違えてしまったようだ。同じ大学の人かと思い、投稿を遡る。見覚えのある風景が写っていた。私は慌ててフォローを外し、ブロックした。それとほぼ同時に、部屋の扉がノックされた。どうぞ。と言うと姉が入ってきた。表情を見てすぐに分かった。私は全身の血の気が引いていくことがわかった。姉は見たこともないほど悲しい顔をしていた。しかし、
「今日の夕飯、何がいい?」いつもと変わらない調子で聞いてきた。
「え、っと、うどん、食べたいかな。」
「そうね、冷凍のがあった気がするわ。」
分かったと言って部屋を出ていった。
私は、全身から血が沸騰するような感覚を覚えた。悲しみと怒りが混在した、不快感を全身から感じた。ベッドのシーツを左手で握り締める。行き場のない感情を、やはりSNSにぶつけた。
こんなことがあっても、姉はいい子をやめなかった。
1219 寂しさ
今から話すことは、とりとめもない話であるから、聞き流してくれて構わない。
俺は妻子と4人で暮らしていた。妻が1人、娘が2人だ。何ら変わったことは無い、普通の家庭である。そんな家庭である日、この奇妙な出来事が起きた。
俺はいつも通り仕事から帰って、玄関の戸口を開けた。時刻は午後八時をまわっていただろう。俺の家は、玄関から居間に向かって1本の長い廊下で繋がっている。その日は、妻も娘ももう帰っている筈だったのに、居間に灯りが無かった。俺は不思議に思った。もう寝てしまったなんてことはないだろうから、みんなでどこかへ出掛けたのだろうか。しかし、それは考えにくかった。なぜなら、俺を除いた家族3人で、何の連絡もせずに家を空けることは今まで1度もなかったためである。しかも、こんな夜更けに。俺は長い廊下を暗闇に向かって歩き、居間の灯りをつけようと手を伸ばした。瞬間、冷ややかな空気に触れ、手を止めた。それは明らかに異様だった。秋の終わりごろと言えど、身体の芯に沁みるような冷たさを感じたのだ。しかもその空気はゆっくりと動いているようだった。しかし、窓が開いている気配もない。窓が開いていれば、外の香りがする筈であった。しかも、その空気は窓の方からは流れてきていなかった。部屋の隅、窓も何も無い筈の部屋の角からその異様な空気は流れてきているようだった。俺は灯りをつけることが危険だと、本能で感じ取った。俺は伸ばした手をそっと引っこめ、息を殺した。全身から嫌な汗が吹き出ていた。頭は不思議なくらい冴えていた。まず考えることは山ほどあった。これは一体何なのか、妻子は無事なのか、無事ならば何処にいるのか、俺はここでこの空気の元であるモノに存在を悟られたらどうなるのか。大量の思考が頭を駆け巡り目眩を起こした。それでも思考をやめず、ようやくひとつの答えが出た。俺の目は時間経過により暗闇に慣れていたのだ。俺はそのモノを目視することができた。それは人のようであった。しかし、人とは断言できない理由が下半身にあった。下半身には動物の脚をつけていたのだ。神話に出てくるケンタウロスが俺の知識の中で一番近い存在である様に思う。このケンタウロスは、神話に出てくるケンタウロスとも少し違うようであったが。目前のケンタウロスは、驚くことに俺の方を見ていた。もう気づかれていたのだ、俺はいつこいつに食われるのかと鷹を括ったが、いつまで待てどケンタウロスは少しの動きを見せなかった。ケンタウロスは俺を見てはいなかった。俺の方を見ているだけで、夜目はきかないようだった。そして、この近さに俺がいるのにも関わらず気づいていないことから、嗅覚も優れている訳では無いことがわかった。俺は視線だけで辺りを見回した。妻子は白い煙の中、床に倒れ込んでいた。ここから見る限り、目立った外傷は無いように見える。息をしているかは確認ができなかった。ここで俺はある仮定を立てた。この空気はケンタウロスの一部なのではないか。明らかに現実では無いこの状況が現実なのだ。異形のケンタウロス、何か常識外れの能力を持っていてもおかしくは無い。その証拠に、妻子はケンタウロスから離れた場所に倒れている。ケンタウロスが直接手を下したようには思えなかった。空気を吸い込むと身体に異変が起きるのか。又は、この空気が触手のようなもので、触れることでケンタウロスに居場所が伝わってしまうのか。考えられる可能性はいくらでもあった。しかし、怖気付いていても仕方がない。このままケンタウロスと見つめ合っていることも俺には恐怖に感じられた。一か八か、賭けに出た。空気を吸い込むと身体に異変が起きると仮定して、俺は澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだ。そして息を止めて、白い煙の中に走り込んだ。妻のところへたどり着き、妻の身体を揺する。その身体は人間とは思えないほどに冷えきっていた。次の瞬間、後ろから何かで殴られたような振動があった。朦朧とする意識の中で、後ろを振り返るとケンタウロスが俺を見下ろして立っていた。蔑んだような、畏怖のような、よく分からない目をしていた。それを最後に、俺は目を閉じた。
勢いよく目を開けると、玄関の前に立っていた。俺は何が起きたのか分からなかったが、頭が追いつく前に身体が悲鳴をあげた。全身から吹き出す脂汗と、激しい動悸。俺は胸骨のあたりの服を握り締め、ゼーゼーという息をした。目からも汗が出ているように思えた。少し経って落ち着いてから、今の状況を整理してみた。先程の記憶が間違いでなければ、中にはケンタウロスらしき何かが部屋の隅に居座り、白く濁った冷たい空気を漏らしている。そして空気に触れるとケンタウロスに殴られる。これは俺が身を呈して分かったことだ。しかし、何故俺はここに居るのだろう。ケンタウロスに追い出されたのか。俺はおもむろに腕時計を覗いた。そこにはちょうど20時を示す針があった。俺はぎょっとした。そして次にスマートフォンを取りだし、今日の日付を確認した。日は進んでいない。つまり、時間が逆行している。俺は寒気がした。俺の人生の中でこのような経験は1度もなかった。というか、殆どの人、または全ての人が経験したことがないのではないだろうか。時間の逆行。にわかには信じがたかった。しかし、現に今自分の身で経験したことだ。勿論、先程の記憶が、俺が見た限りなくリアルに寄った夢であったという説も否定できない。だが、説明はできないが、俺は先の記憶が現実であったと断言できた。俺は気を取り直して、玄関に手をかけた。
居間には灯りがついていた。確かな人の気配と暖かい空気も感じられた。長い廊下を疑心暗鬼になりながら歩いていくと、居間では妻子が食事の準備をしているところだった。俺は胸を撫で下ろした。先程の記憶は、俺の見た夢であったに違いない。そうでなければ説明がつかない。妻子と共に明るい居間で温かい夕飯を食べ、順に風呂に入って床に就いた。俺はケンタウロスのことなど気にもとめていなかった。ただ家族みんなが、頭が痛い。頭が痛い。と異様に嘆いていたことだけはよく覚えている。俺の後頭部には小さなコブができていた。
その晩、夢にケンタウロスがでてきた。寒気と共に薄気味悪い目線を送るケンタウロスが恐ろしくて恐ろしくて、俺は半ば強制的に眠りから覚めた。全身に脂汗をかいていた。
翌日、どうしても気になった俺は、この家の立った場所のことを調べてみた。俺たちがこの家を建てるより前、ここには何があったのか。ここは墓だったようだった。更に俺は聞き込みなどをして墓についても詳しく調べていった。そして、あることが分かった。
その墓には、ある時男の子が埋められたそうだ。その子は誘拐犯により誘拐され、挙句殺されたそうであった。見つかった時には、もう既に息を引き取っており、誘拐犯に何をされたのか詳しくは分かっていないようだった。しかし、男の子の死体の状態については教えてもらうことができた。
男の子は発見時、下半身が無い状態で見つかったそうだ。愉快犯による犯行であったのだ。また、下半身の切断面に何かを縫い付けたような跡が残っていたのだそうだ。そして、下半身は未だに見つかっていない。
1217 とりとめもない話
結婚を約束したあの日、貴方に告白された私は涙を流した。その涙に貴方もつられて、二人で泣き笑いながら帰ったわ。帰り道、手を繋いで、きっとずっと離さないと笑いかけて私に誓った貴方は、いとも簡単に私から離れていってしまった。貴方にとっては造作もない約束で、記憶の奥底にしまい込んでいつの間にか忘れてしまうようなものだったのでしょうね。でも私にとっては、例えば日々の大半を過ごす居間のよく見える所に飾り、何時も眺めて微笑むような、そんな大切なものだった。貴方の温もりが消えた部屋で、私は今日も独り。毎晩貴方を夢に見て、朝を迎えては布団を濡らすの。貴方を失ってから、貴方の大切さを再確認したわ。そして私の心は壊れてしまった。私には貴方が居ないと駄目なのよ。四六時中、嫌でも考えてしまう。貴方は今何をしているのかと。そして何時も、きっと新しい家で新しい妻と愛を囁きあっているのだろうと考えるの。その情景を想像してみては腹を立てて、行き場のない怒りと悲しみを握り締めた拳に込めるのよ。貴方に惚れた私は大馬鹿者だわ。離婚してからも私を縛り付けるなんて、なんて最低な男。だから決めたの。貴方に憎しみを込めて、私が今から新婚をお祝いしに行くわね。待っていて。今日が貴方と私の最期の日となる事にとても幸せに思うわ。
神様、私が今からする事をどうか許して下さい。いいえ、許して貰えなくても構わない。
彼と共に、私を地獄へ堕として下さい。
彼女はギラつく刃物を隠し持って、インターホンに手をかける。不吉な笑みを浮かべて、人生の終わりへと近づいていく。
1209 手を繋いで