桜が舞った。風が、隣に立つ彼女の髪もさらって、額を露わにする。黒く焼けたような傷跡が生々しく残る額。彼女はこちらを向いて、笑いかける。彼女の生まれつき色素の薄い髪が、太陽に透けて眩しかった。その中で太陽に背を向けた彼女が、
「行こっか。」と言った。
ラララと私の知らない歌を彼女は歌っていた。彼女と歩く道は、今だけは明るく輝いて、彼女と溶け合って世界を彩っている。私だけがそれを酷く特別に感じた。私だけが今、この世界の異物であると強く感じた。足取りはだんだんと、重く重くなった。駅に着いて改札を抜けて、ほとんど人のいないホームに足を踏み入れる。彼女は常に私の先を歩いた。線路の方に身体を向けて、ホームに立ち止まり、彼女に手を引かれた時、ついに私の身体は動かなくなった。まるでアスファルトに縫い付けられたかのように、足が動かなかった。彼女が振り返る。
「ごめん。」
私は俯いて、それだけを言った。
「そう……………そっか。うん、その方がいいよ。」
そう言って彼女は手を離した。俯いたまま、視線だけで彼女の顔を覗き込んだ。彼女の顔は、どこか寂しいような安堵したような笑顔を浮かべていた。
ホームに、電車の到着を知らせる放送が鳴り響いた。
彼女は私に背を向けて、電車の走る轟音の中、
「またね。」と言った気がした。
次の瞬間、彼女は線路に身を投げた。彼女の身体は、強く陽光に照らされて、最期まで綺麗だった。
電車の急停止音、電車と人が強くぶつかる音、舞い散る赤黒い液体。電車が完全に停止すると、辺りは騒然となり、静寂が包み込んだ。その静寂を破ったのは、知らない女性の叫び声だった。辺の人は一気に流れ込む濁流のようにざわめき始め、スマホを掲げて集まり始める。私はその場にへたり込んだ。鳴り止まないシャッター音、人身事故を知らせる構内放送、興奮した人々の声。周囲は一気に騒がしくなった。
あなたのいない世界はこんなにも汚く見える。私は、あなたを殺した電車を見つめて、両目から涙をダラダラと流しながら、震える声で呟いた。
「すぐにいくね。」
入学式の日、君からの視線を感じた。僕と視線が絡むと、君は慌てて目を逸らした。こころなしか頬が赤く染まっているように見えた。
その後も、何度も君からの視線を感じた。同じクラスになって、君は4列目の廊下側、僕は3列目の窓側の席になった。HRも、授業中も、休み時間も、僕は君からの視線を感じた。僕はいつの間にか、彼女への疑問への答えが、確信に変わった。彼女は僕に恋をしている。これは勘違いではない。そうに違いない。僕の中でそれは明確な事実として脳に刻み込まれた。僕は自惚れた。今までにない自信を身につけた。一人の女性に好かれる魅力を持つ自分。この自覚から、僕は青春にたくさんの黒い歴史を残すことになった。
僕はより多くの人に僕の魅力を見せつけるために、生徒会に立候補した。演説では堂々と登壇し、体育館の空気を揺らした。その結果、見事1年生で副会長に就任した。更に、バスケ部では誰よりも活躍してチームを優勝へと導いた。ほとんどのゴールは僕が決めたと言っても過言では無い。そして県大会出場手前まで勝ち残ったのだ。この結果は、学校でも大々的に表彰された。来年こそは県大会出場をする。僕には可能だと確信を持って言えた。だから今回のこの結果には何も思わない。僕は1年生で、周りは先輩ばかり。全力を出せないのも無理は無い。
それはそうと、僕はこんなに頑張って格好良さを磨く努力しているのに彼女からの告白は一向に無かった。仕方ない、女は告白されたい生き物である。ここは僕から告白をしよう。彼女もきっと待ちわびている。僕は自信に満ち溢れた目で鏡を覗いた。
「うん、今日もイケメンだ。」
誰もいないトイレに声が響いた。彼女の事は下駄箱に手紙を入れて置いたので問題ないはずだ。放課後、体育館裏に来るように書いてある。誰からか分からず不審に思われるといけないから僕の名前もしっかりと書いた。僕からの誘いを断る女がいるはずがない。
体育館裏。僕は全く動揺せず、余裕をもって、笑顔で告げた。
「好きです、付き合ってください。」
『答えは分かりきっている。はい。と言って大喜びするに違いない。今頃…』
僕は彼女の顔を見た。彼女は必死に笑いを堪えていた。口を押えて、声を押し殺していた。ただ、三日月型に歪んだ瞳と大きく膨らんだ涙袋によって、それは隠しきれずに溢れ出た。
「ふっ、ご、ごめんなさいっ」
笑いを堪えながら答えるその姿に、僕は腹が立った。
「どうして笑うんだ?」
「ごめっ、だって、東くんっていつも、右頬に海苔つけてるから…!」
僕は瞬時に右頬に手を添えた。顔が高温になるのを感じた。そこで、彼女は限界に達したらしい。もう隠すのをやめて、ゲラゲラと笑い出した。
「入学してから毎日つけてるんだもん、面白くって面白くって…!」
僕は唖然と突っ立っていた。やがて彼女の笑いが落ち着いて、彼女は追い討ちをかけた。
「ていうか、東くん私の事好きだったんだね。自分以外には何にも興味無さそうなのに。まあ、毎日海苔つけてる男なんかこっちから願い下げだけど。それじゃ。」
そう言って、彼女はスタスタと去っていく。
そうだ、僕は彼女の名前を知りもしない。
0305 question
冬晴れの空の下
凍えながら友達と話す
それだけで楽しかった
そんな青春が好きだった
0105 冬晴れ
今日もお母さんは帰ってこなかった。お湯を沸かして、1人でカップラーメンを啜る。
「今年の学校は今日で終わりです。皆さん良いお年を」
「明日クリスマスだよ!サンタさんにプレゼント頼んだ?」
「頼んだー!貰えるかなぁ」
「私はね…」
今日はクリスマスだ。僕はいつものようにプレゼントを頼んで、いつものように落胆した。僕にはプレゼントが届かなかった。玄関の扉を開ける。一応外も確認して、やはり届いていないことを認識する。
リン
ふと足を止めた。不自然な音を聞いた気がして、辺りを見回す。しかし、誰もいない。
リンリン
繰り返されるその音は、次第に強く大きくなっていく。
リンリンリン
僕はその音がベルの音であると気づいた。しかし、目視できる場所にそんな物はない。
その音は不吉なほどに大きく連続的に鳴り響いた。
リンリンリンリン
僕は願った。これはサンタさんが僕を迎えに来てくれたに違いない。お母さんも帰らない、プレゼントも貰えない僕を不憫に思ったサンタさんが、きっと僕を迎えに来てくれたのだ。
リンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリンリン
僕は目を閉じた。
1220 ベルの音
寂しさには慣れていた。
幼い頃に両親を亡くして、私一人で妹を養ってきた。中卒でバイトをかけ持ちして、身を粉にしてお金を稼いだ。妹には好きに生きてほしい一心だった。妹のために私の人生を棒に振ったことに後悔はなかった。
妹をついに大学に送り出して、家に独り。妹もバイトを始めたとはいえ、異様に家に帰ることが少なくなった。
私には、SNSに妹にも伝えていない裏アカがある。と言っても、親しい友人とだけ繋がって日常的なことを投稿しているだけである。ある日その裏アカに、知らないアカウントからのフォローがあった。私を誰かと間違ってフォローしたのだろう。そのアカウントも、誰かの裏アカのようだった。投稿を遡っていくうちに、明らかに見覚えのある物が写り込む写真を多く見かけた。私は、このアカウントが私の妹のものであると確信を得ていた。そして、酷く後悔をした。このアカウントを見なければ良かった。見たくなかった。そこには、私に対する罵詈雑言が大量に綴られていた。
✽
寂しい人生を生きてきた。
私が物心つく前にこの世を去った両親。まだ子どもだというのに、自分の人生を投げ打って私を養ってくれた姉。傍から見れば、姉は妹思いのできた人間に見えるだろう。
誰もいない家に帰って、誰もいない部屋で宿題をして、食事をして、お風呂に入って、床に就く。姉に会えるのは翌朝。私より早く起きて朝ごはんを用意してくれている。
「お姉ちゃん、ご飯は」と言うと、
「もう食べた!行ってきます!」と、振り向きもせずに家を出る。私はモソモソと1人でご飯を食べる。そんな毎日に嫌気がさし、私は初めて姉に物をねだった。スマートフォンだった。もうみんな持っていると騒げば、優しい姉はすぐに購入してくれた。初めてスマートフォンを通して、SNSを開いたときはワクワクした。知らない人と繋がって、この寂しさを埋めることが楽しみだった。SNSは素晴らしかった。ハッシュタグを使えば同じ趣味や考えの人と繋がることができる。私は私と似た境遇の人を片っ端からフォローした。
姉に対する罪悪感はとうに無くなっていた。姉がいい人ぶっているように見えてならなかった。これ以上嫌いになる前に、姉から離れた。
大学は楽しかった。やっとバイトも許されたし、同じ趣味の人がたくさんいる。金銭的余裕もできて、私は夜な夜な友人と遊びに出掛けることで寂しさを紛らわした。
ある時、SNSで知らないアカウントをフォローしているのに気づいた。間違えてしまったようだ。同じ大学の人かと思い、投稿を遡る。見覚えのある風景が写っていた。私は慌ててフォローを外し、ブロックした。それとほぼ同時に、部屋の扉がノックされた。どうぞ。と言うと姉が入ってきた。表情を見てすぐに分かった。私は全身の血の気が引いていくことがわかった。姉は見たこともないほど悲しい顔をしていた。しかし、
「今日の夕飯、何がいい?」いつもと変わらない調子で聞いてきた。
「え、っと、うどん、食べたいかな。」
「そうね、冷凍のがあった気がするわ。」
分かったと言って部屋を出ていった。
私は、全身から血が沸騰するような感覚を覚えた。悲しみと怒りが混在した、不快感を全身から感じた。ベッドのシーツを左手で握り締める。行き場のない感情を、やはりSNSにぶつけた。
こんなことがあっても、姉はいい子をやめなかった。
1219 寂しさ