入学式の日、君からの視線を感じた。僕と視線が絡むと、君は慌てて目を逸らした。こころなしか頬が赤く染まっているように見えた。
その後も、何度も君からの視線を感じた。同じクラスになって、君は4列目の廊下側、僕は3列目の窓側の席になった。HRも、授業中も、休み時間も、僕は君からの視線を感じた。僕はいつの間にか、彼女への疑問への答えが、確信に変わった。彼女は僕に恋をしている。これは勘違いではない。そうに違いない。僕の中でそれは明確な事実として脳に刻み込まれた。僕は自惚れた。今までにない自信を身につけた。一人の女性に好かれる魅力を持つ自分。この自覚から、僕は青春にたくさんの黒い歴史を残すことになった。
僕はより多くの人に僕の魅力を見せつけるために、生徒会に立候補した。演説では堂々と登壇し、体育館の空気を揺らした。その結果、見事1年生で副会長に就任した。更に、バスケ部では誰よりも活躍してチームを優勝へと導いた。ほとんどのゴールは僕が決めたと言っても過言では無い。そして県大会出場手前まで勝ち残ったのだ。この結果は、学校でも大々的に表彰された。来年こそは県大会出場をする。僕には可能だと確信を持って言えた。だから今回のこの結果には何も思わない。僕は1年生で、周りは先輩ばかり。全力を出せないのも無理は無い。
それはそうと、僕はこんなに頑張って格好良さを磨く努力しているのに彼女からの告白は一向に無かった。仕方ない、女は告白されたい生き物である。ここは僕から告白をしよう。彼女もきっと待ちわびている。僕は自信に満ち溢れた目で鏡を覗いた。
「うん、今日もイケメンだ。」
誰もいないトイレに声が響いた。彼女の事は下駄箱に手紙を入れて置いたので問題ないはずだ。放課後、体育館裏に来るように書いてある。誰からか分からず不審に思われるといけないから僕の名前もしっかりと書いた。僕からの誘いを断る女がいるはずがない。
体育館裏。僕は全く動揺せず、余裕をもって、笑顔で告げた。
「好きです、付き合ってください。」
『答えは分かりきっている。はい。と言って大喜びするに違いない。今頃…』
僕は彼女の顔を見た。彼女は必死に笑いを堪えていた。口を押えて、声を押し殺していた。ただ、三日月型に歪んだ瞳と大きく膨らんだ涙袋によって、それは隠しきれずに溢れ出た。
「ふっ、ご、ごめんなさいっ」
笑いを堪えながら答えるその姿に、僕は腹が立った。
「どうして笑うんだ?」
「ごめっ、だって、東くんっていつも、右頬に海苔つけてるから…!」
僕は瞬時に右頬に手を添えた。顔が高温になるのを感じた。そこで、彼女は限界に達したらしい。もう隠すのをやめて、ゲラゲラと笑い出した。
「入学してから毎日つけてるんだもん、面白くって面白くって…!」
僕は唖然と突っ立っていた。やがて彼女の笑いが落ち着いて、彼女は追い討ちをかけた。
「ていうか、東くん私の事好きだったんだね。自分以外には何にも興味無さそうなのに。まあ、毎日海苔つけてる男なんかこっちから願い下げだけど。それじゃ。」
そう言って、彼女はスタスタと去っていく。
そうだ、僕は彼女の名前を知りもしない。
0305 question
3/6/2025, 6:24:03 AM